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棄てられた民:満州開拓団

拓魂碑



今年もまたお盆の帰省ラッシュのニュースが始まった。

8月15日は正午に黙とうして先の戦争で亡くなった方々に黙とう
をささげる。私にとって毎年の恒例行事だ。

この日、私にはもう一つの行事がある。
それは山形市内の千歳山霊苑にある「拓魂碑」の早朝清掃である。

「拓魂碑」は、満州開拓団および満蒙開拓義勇隊の方々が、満州に
散った同志と無残になくなった家族を慰霊するために、関係者が
自力で建立した。

立派な石碑だ。


建立後は毎年9月23日の秋分の日に会場が人で埋まるほど盛大に
慰霊祭を開催してきた。全国から集まった参加者は、高齢化に伴い
年々少なくなり、慰霊祭は取りやめとなった。

それからは細々と8月15日の清掃と、9月23日にわずかな方々がお参り
に来るだけとなった。

昨年の8月15日には、91歳の義勇隊の方と90歳の開拓団の方と、50才
の残留孤児2世の方と私の4人で清掃をした。
私の身内に開拓団関係者はいないが、今年も清掃はやるつもりだ。


この場所は旧陸軍墓地で、昭和27年に国から県に譲られた。
毎年4月には県主催で300人が出席する<山形県戦没者墓地「千歳山
霊苑」拝礼式>を実施している。
参列者は中央の大きな「靖霊塔」に礼拝するのだろう。

墓地の片隅にある「拓魂碑」にはだれも目を向けることはない。
「拓魂碑」は国家の犠牲になった民の記録碑である。同じ戦争の犠牲者と
なった兵士と民の弔いの差を見る思いだ。


山形県は長野県に次いで全国2位の満州開拓団を送り出した県である。
長野県では県民あげて犠牲者を弔い、「満蒙開拓平和祈念館」を建設し
て、歴史を語り継いでいる。

この差は何だろう。

「拓魂碑」は山形県の民の歴史遺産である。
国の政策で満州開拓に送り出された開拓民の悲惨な末路は涙なしでは
語れない。

帰国を果たしても胸の中にしまい込んで逝った人は数知れない。
さぞかし無念だったろう。

県民の一人として大事に語り継いでいきたい。







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日本家屋と魔法瓶 

涼



この時期、日本家屋の大邸宅に伺うととにかく暑い。
確かに北からの風は入ってくるし、日陰をつくる木立は青々としていて涼しげだ。
しかし、建物全体を覆う太陽の光と熱はじわりじわりと家屋を高温にしていく。

ほどほどの家では、人は目に入る情報から感覚温度を低くすることができるので
あらゆる工夫がなされる。我が家も例外ではない。

日本家屋には、すだれ、よしず、若竹の揺らぎ、水槽の金魚、朝顔、庭の緑陰などなど。
すばらしいツール(道具)がそろっている。
しかし、大邸宅やほどほどの家では夏はエアコンにかなわない。


山間部の高齢者の方々と世間話をしたことがある。
「この頃の新しい家は入りにくいね。玄関のピンポンを押して重いドアを開ける。
今までなら玄関で大きな声を出せば、誰かが出てくる。新しい家には遊びに
行きにくくなったよね。」
こんな話題になったので、私は縁側の話をした。

農家の縁側は便利だ。家の内と外の間に位置する。
外から訪れた人は、家に上がらないで縁側に腰を掛ける。
家の人は家の中から外に出ないでお茶出しができる。
あまり用事のない時の一服、高齢者の時間にはにとても便利だ。

今建てられている核家族住宅の構造は、できるだけ窓(開口部)を小さくして、断熱高気密
になっている。まさに魔法瓶だ。冬は暖かく、夏は涼しいと理想を謳っているが、夏に窓を
すべて開けている新築の家がある。本当のところはどうなんだ。


日本住宅はどんどん密室化の方向に進んでいるように見える。
日本人の気質(人とあまり深くかかわらない国民性:私見)にあっているのかもしれない。
子どもの虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス)は、こんな空間で起きている。



100才詐欺

豊かな香り



100才時代に突入、100才時代をどう生きるか。
広告宣伝、政治家の常とう句になっている。
高齢化、超高齢化時代というより100才時代といえばおしゃれか。

誰が言い出したのか、どうも怪しい。
年金支給が60才から65才になり、70才にコマを進めようとしている。
100才という言葉は、とても具体的だ。
70才の人間は、あと30年生きられると思ってしまう。
それは大いなる勘違いだ。

かつて、きんさん・ぎんさんが100才、100才と言って世の中をにぎわした。
ただ、100才生きただけで報奨金が出た。当時の国民栄誉賞だ。
今は何万人と100才以上の方がいる。
どのくらいの人が幸せか、人生100才を語る方々に調べてほしいものだ。


子ども時代に100才生きるための準備教育をするなら、
人生の4分の1,25年くらいは学校でじっくり学べばいい。
自分の能力が追い付けないなら、留年があってもいい。
みんなバラバラの年令で学べばいい。それが本当の学びだ。
目先、小手先の教育だけでは100年を生き残れない。


長く生きれば生きるほどつらくなるような社会は、なんかおかしくないか。








プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

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