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小学校は地域の砦(とりで)




   小学校をまもることは地域を守ること


地域に残る小学校は100年の歴史を刻んでいます。
地域に文化を運び、人を育ててきました。

どんな不便な地域にも小学校があることは日本の誇りでした。
大部分の日本人は学校に行って知識を学ぶことは常識になりました。

1970年代、農山漁村は過疎化に悩み始めました。
村から離れる人が次第に増え始めたのです。

現在は当時から見れば小学校の数は激減です。
山間地の学校はほとんどなくなりました。


世の中には大きい学校はいい学校だとまちがった観念があります。
大きい学校(生徒数が多い)と小さな学校は大企業と中小企業と同じだと。
統廃合問題を見ると、こんな勘ちがいをしているようです。

大企業は賃金が高く、厚生労働の保障もすばらしいでしょう。
学校はちがいます。大きい学校はないないづくしです。
目がいき届かない。
手がかけられない。
コミュニケーションができない・・・。

どうして小さい学校はダメなのでしょうか。
教師の目が届く。
教師の手がいっぱいかけられる。
教師といつも会話ができる。
わかるまで教えてもらえる。

小さな学校のよさは何でしょうか。
小学校時代にしっかり学ぶことができるということです。
ゆとりのある学校生活で全力の活動ができます。

小さな学校では一人一人にあった教育ができるのです。
このことに目をとめてほしいと思います。


学校がなくなれば、地域に新しい人は来ません。
子どもがいなくなり、地域が衰退することはこれまで実証されています。
山形県内にある小学校はぜひ残していただきたいと思います。


少子高齢化が話題になってからだいぶたちました。
今高齢化から少子化に問題が移動しています。

少子化問題は、抜本的なことは何一つ改善されていません。
つまり、人間の幸せの視点が欠落しているのです。
学校跡の校庭に残る桜の木には今年も花が咲いています。




















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学校週5日制が始まったころ





    みんなで子どものことを考えた



平成が終わり、新しい元号を迎える時代にさしかかりました。
平成30年はすぎてみればあっという間でした。

私が大半を生きた昭和には、「明治は遠くなりにけり」こんな言葉がありました。
今は「昭和は遠くなりにけり」となりそうな気配です。

平成になり日本人の働きすぎが話題になりました。
世界の流れに追いつこうとする世の中の週休2日制は急速に進行しました。
学校もその流れにしようとする動きが出てきました。


山形の教師たちは、週休2日の流れに戸惑っていたような気がします。
学校はそれまで<半ドン>といって土曜日は午前で授業が終わりました。
土曜日の午後は、子どもにとっても教師にとってもゆとりの日でした。

時間外ですが、校内では教師と子どもたちの活動が十分にできました。
今考えればまちがいなく加重労働(超過勤務)になります。


1992年(平成4年)から月1回の週休2日になりました。
現在32歳の人たちがこの年の小学校1年生です。


当時の学校で月1回の土曜日休みに子どもたちをどうするか、
大きな議論をしたことを覚えています。


 ◇学校の体育館を開放しよう。

 ◇図書館を開放しよう。

 ◇グランドも使わせよう。



学校開放委員会を作って、PTA地や地域に協力してもらいました。
PTAや地域の皆さんとどうすることが子どものためになるか議論しました。

必ず出る意見。

「子どもに事故があったら、だれが責任を負うのですか。」

ここから先に進む学校と、ここで終わってしまう学校があるのは、
今も変わりません。


その後、平成7年に月2回になり、
平成14年に完全週休2日制、学校5日制になりました。
現在22歳の人は、小学校入学時から学校5日制の環境で生活しています。


子どもや学校の要望で学校5日制になったわけではありませんでした。
この学校5日を導入するにあたり、真剣に子どもたちの生活を考えた、
学校はじめ、PTAや地域の皆さんの時代の空気が思い起こされます。


時代の流れと子どもの生活のあり方は、
いつの時代も大人が考えていかなければなりませんね。












6歳入学の意味






     小学校6歳入学はどうしてかな



10月のこの時期はどの小学校でも就学時健康診断をやっています。
子どもたちは緊張しながらお母さんやお父さんや祖父母の皆さんの
手に引かれて学校にきます。

学校では主に5、6年生がお手伝いをします。子どもは内科診察から
始まって、身体各部の検査があり、保護者は最後に診断結果を学校
担当者から報告を受けます。

診察結果から継続的に治療をしたり、特別な支援を受けたりするように
なります。親から子どもの相談をすることもできます。

その間、保護者の皆さんは、学校から入学時の説明を受けたり、
教育や子育ての講演を聞いたりします。


では一体なぜ義務教育が6歳から始まるのでしょうか。これは誰もあまり
考えません。6歳になれば学校だよと教えられてきただけですから。

じつは世界の国々ではだいたいこの年齢、6歳で小学校に入学します。
理由は次のように言われています。

  ・集団行動ができるようになること。

  ・落ち着きがみられること。

  ・身の回りのことが一人でできるようになること。(身辺自立)

  ・言葉によるコミュニケーションができるようになること。

  ・ルールの意味がわかるようになること。

このようなことを前提にして、小学校普通学級は組み立てられています。
これは子どもの平均的な成長の段階をもとにして考えられています。


小学校という小さな社会で、自分なりの社会生活できるのが6歳なのです。
6歳が社会デビューの第一歩です。












あいまいな休日

山形白布温泉西屋



     休日でくらしが豊かになったか



今日は9月24日。秋分の日の振りかえ休日です。
三連休がひと月に2回続きました。

年間に祝日が何日あるかご存知ですか。
年間16日が正解です。
最近では海の日、山の日が追加されました。

祝日がないのは6月だけになりました。
6月の祝日をこれから作るかもしれませんね。

正しく国民の祝日を言える人はどれくらいいるでしょう。
休みの日が増えれば国民のくらしに潤いが生まれ、
くらしが本当によくなるのでしょうか。

以前は学校で祝日の前の日は、きちんと次の日の祝日の意味を
教えておりました。今はどうも祝日の名称だけ子どもに教えている
ことが多いようです。祝日の日にちが固定しなくなった祝日もあり、
明日は何の日かわからなくて当然のような気がします。

大人や教師の休日意識が薄れています。子どもたちの祝日の意識や
知識もだんだん薄れています。教えればいいというのではありませんが、
これでいいのか疑問を感じます。


2003年から始まった、何とも奇妙なハッピーマンデー制度。
(アメリカの制度を模倣してるという話を聞きました。)

・成人の日・・・1月第2月曜日(昔1月15日、1948年制定。)

・海の日・・・7月第3月曜日

・敬老の日・・・9月第3月曜日(昔9月15日、1966年制定)

・体育の日・・・10月第2月曜日(昔10月10日、東京オリンピック記念日)

何故、三連休にするのか。国の経済効果のためのようです。
日本では経済の御旗は何よりも優先しています。
やはり日本はエコノミックアニマルですか。

経済が国民の根本にあることは否定できない事実です。
暮らしがよくなることはすべての国民の願いです。

このハッピーマンデーにより、学校は困りました。
月曜日の時間割の授業時間が足りなくなるからです。
今も学校としては深刻な問題です。


祝日は暮らしがよくなるための一つの方法です。しかし、祝日も休めない
仕事があります。その親の元で多くの子どもたちは暮らしています。
これも個人の問題でしょうか。













子どもの悪さ

米沢船坂峠いのちつぐ



     子どもの心のやり場はどこだ



小学生の子どもの重大な悪さは万引きです。
子どもたちはいろいろなものを盗み、捕まります。

子どもたちはどんなものを盗むでしょう。
小物(文具やアクセサリーなど)、食べ物、玩具(遊び道具)、
エロ本、自転車等々。

きっかけはなかなか話しません。ウソも多いです。
地域で捕まると、違う学校名を行ったり、適当な担任名をいったりと
大人からみればすぐばれるウソでした。
 
言いたくないと言い張る子は間違いなく他人が関与しています。
かつて多かったのは、中学生から脅かされたり、高校生から面白い
からと誘われたりして使い走りすることでした。

当時、山形駅前のデパートは、高校生万引きが花盛りです。
駅前周辺を遊び場にしていた子どもたちは、小物を盗む女子高生たちを
かなり目撃しています。いつも担任に面白おかしく報告してくれました。

子どもたちが集団で万引きをやると、芋づる式に子どもが明らかになります。
みんなでやるのが楽しかったのでしょう。必ず誰かに話します。

人は楽しいと自分だけではもったいないのか、人に話したがる性質
があります。つまり、集団の万引きはバレる可能性が高いといえます。


それに比べ単独一人の場合は、発見されるまでわかりません。
店の人に見つかってはじめてわかります。

商業施設から連絡を受け、子どものもらい下げに行きました。
子どもは泣き顔です。店の隅の方で子どもは固まっています。

親はどうしたのですかと店員に聞くと、電話で連絡したのですが、
俺の子どもではないから勝手にしてくれといわれ、学校に電話した
のですと。けっこうのんきな時代でした。


今はほとんどお店から警察に通報されるでしょう。
発見しても一時も無駄にはできない商いの時間です。
店の人が子どもを諭すことはなくなりました。

子どもたちに悪いことは悪い、やってはいけないと教える
社会の教育の場がなくなりました。

子どもの万引きはほとんど一過性でした。
学校も社会も今回限りで万引き行為を終わらせる指導をしました。

子どもの将来を考えて、学校にも親にも警察にも言わない店主、
店員が多かったように思います。


しかし、中には窃盗癖、窃盗症といわれる子どもがおりました。
何回も繰り返す子どもです。人のものを盗むことが罪であることが
理解できなかった可能性がありました。
病気でしょうか、衝動的に盗むことが快感なのかもしれません。

最近は店員の代わりに監視カメラがたくさんあります。
これで万引きは減っているのでしょうか。


子どもたちの悪さは、ストレス解消、さびしさの代償行為が多かった
ような気がします。それは今も変わりません。













パワハラ騒動

虫のいたずら




    時代が変わったのです



スポーツ界の醜聞が後を絶ちません。
私たちの年代のトップたちです。
晩節を汚す、わかりやすい例ですね。

半世紀前昔のスターたち。
アマチュアスポーツの頂点に立ち、昔の栄光を語り、現役指導者の
指導に当たります。

貧困日本を象徴するお偉方。一言で言えば根性一筋。
日の丸を背負い、ひたすら練習練習の日々。その先の栄光をめざして。
精神論が幅を利かせ、科学的な根拠は皆無に等しい年配指導者たち。

若い選手にハングリー精神がないと嘆き、指導者に歯向かうのか
と問い詰め、罵声や暴力を是とするスポーツ界。

何も言うな、俺についてこい精神。
上には口答えするな精神。

こんな精神は、何と遅れていることか。
何が遅れているか指摘されてもわからない方々。


放課後、中学校の体育館に行くと教師の怒鳴り声が飛んでいることが
よくあります。昔からそんなに変わらない風景です。
驚きもしない自分に、時代についていくことの難しさを感じます。

トレーニング、ストレッチ、コーチングと横文字が並ぶスポーツ。
スポーツは根本的に勝敗を争う遊びです。
遊びには楽しさがつきものです。

昔風のやり方で部活をがんばっている教師には退場願いたいですね。
しっかりした根拠に裏打ちされた指導者が部活には必要です。

科学的根拠に基づいた練習方法。
最新の心理学に基づいた生徒集団のやる気とチームワークづくり。
すべての子どもたちを受け入れる教師の人間性。


最近の若い選手たちは、オリンピックを楽しんできます、今日の競技は
楽しくできました、と競技後の会見で話すことが多くみられます。
日本人も変わりました。若者はすでにグローバル感覚です。

もう、時代に合わない大きい組織の会長、理事長は早々に引退願いたい
ものです。高齢者がいつまでもやっているのは、社会の進展を遅らせます。











道草がない

なれそめ



      道草を食べない子どもたち



いつ頃から子どもたちの道草がなくなったのでしょう。
子どもたちの下校はとても自由ですが、最近の子どもたちは
学校から家まで一直線です。

大人に守られながら隊列を組んで歩く姿を見かける地区があります。
事件や事故が起きたのでしょうか。

変質者の出没は最近あまり聞かなくなりました。
地域のパトロール効果もあるのでしょう。
子どもたにちも学校の防犯指導が行き届いてきたからかもしれません。

どこの町にも子ども110当番の看板を見かけますが、子どもが駆け込んだ
話は聞きません。大人と違い子どもたちは入りづらいかもしれません。

山手の学校で低学年下校時に、子どもたちと一緒に帰ったことがあります。
子どもたちはある地点に来ると一斉にかばんを置いて小川に入っていきます。

そこには沢がにがいたのです。
どうも毎日ここで遊んで帰るらしいのです。

川に入る子、上から見ている子それぞれ目を凝らして獲物を探します。
あまり楽しそうなので私も入りました。

突然、「あんたは誰だ。」という声がしました。
下校の子どもたちを守るために巡回していた地域の人でした。

子どもたちは「○○先生だよ。」と言ってくれました。
「ああそうですか。ご苦労さんです。」
ということで一件落着です。

きっと変なおじさんに見えたのかもしれません。
大人が子どもたちと遊んでいる姿が、奇異に映ったのでしょう。

子どもたちはいつの時代も道草を食うことは楽しいはずです。
しかし、その楽しみを味わっている子は何人いるでしょう。

学校でのストレスを途中で発散すれば、家の中でも居心地はいいに違い
ありません。子どもたちのストレスはどこで解消すればいいのでしょうか。

人を見たら泥棒と思え。
人を見たら不審者と思え。

このように教えなければならない日本国になりました。
日本中、子どもたちが道草の食える地域社会にしたいものです。













脱夏休み宿題


夏のおさらい帳



    夏休みの宿題は、終わりにしよう



夏休み明けが近づいてきた。
知人の子の小学生は、あと数日で学校が始まるが宿題の三分の二が
終わっていないという。

楽しかった日々もこれからの数日は地獄の日々となる。
自業自得といえば、経験者は納得いくだろう。
かつては、おさらい帳によだれをいっぱいつけて持ってきた子がいたも
のだ。どんなに眠かったろうか。

この宿題の多さが不登校の引き金になったりする。
新しい不登校の出現である。
統計にはあまり出ないが、これも結構多いような気がする。

山形から夏休みに宿題がなくなればどうなるのか。
山形の子どもたちはみんな能力が低くなるというのだろうか。

宿題を出す教師たちも、深く考えて宿題を出しているとは思えない。
学校現場が慣例的に出しているような気がする。
子どもの本当の学びにつながればいいだが。

昔は教師がていねいにおさらい帳に丸を付け最後にコメントを書いた。
いまは解答付きのテキストを渡し親が〇付けをする。
これはどう見ても親の負担で、親にとって意味ある作業とは思えない。


私の手元に、昭和29年発行の小学校1年生の「なつやすみ」という
おさらい帳がある。母が残しておいてくれたものだ。

表紙には金賞の札がついている。
ていねいに教師の赤丸がついている。
当時クラスには50人はいたと思う。
1人1人にこのような作業をしたかつての教師たちに敬意を表したい。

最後のページに、母と担任のコメントが残っている。
子どものくらしへの気づきと宿題への気づきの意見だ。

母「学校生活から解放されてたまらなくうれしく朝から晩まで夢中で
  遊びまわる子どもに毎日少時間でも机に向かわせることは難事
  です。七歳ではこれも当然かと苦笑するばかりです。」

母「絵日記は1年生にとって少し難事と考えられます。上手下手の
  問題ではなく、絵と文の一致は3年生くらいからでは如何でしょう
  か。」

担任「絵を主にし簡単な文を要求しましたが、少し難しかったかも
    しれません。」


日本の教育制度を変え、6月で学年終了して、9月新年度始まり
にすれば諸問題(夏の暑さ問題、宿題問題、国際標準化問題)は
かなり改善できるのではないだろうか。














はじめまして

はじめまして。
生活・教育・福祉のことについて綴っていきたいと思います。

よろしくお願いします。









プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

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