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山形不登校指南<91>

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  小学校学級担任制はおかしくありませんか


前回の記事で小学校担任が子どもの生活を知っていることを書きました。
これには補足が必要です。
小学校担任は中学担任に比較して、子どもを知る機会が多いということです。

小中学校の教師は個人差が大きいといわなければなりません。
知識の部分では大差は感じませんが、人間性ではかなりの差が見られます。

4月の新学期の新担任の保護者による値踏みは当然のことです。
保護者たちははっきりと当たりはずれを明言します。

不登校で担任と会話が多くなっている方は、教師をしっかり見てください。
完璧な教師はいないですが、子どもに寄り添える教師とそうでない方がいます。

小学校の学級担任制(制度)はもう時代に合いません。
1人の教師が30人近くの子どもを見ることはもう不可能です。

子ども一人一人にあった教育が本当にできるでしょうか。
小学校教育担任一人でもできるというのは幻想にすぎません。

学校は子どもが学ぶところです。
10人いれば10人の学び方があります。
 
わからない子は、どこがわからないかわからない。
わかるまで教え、わかるまで学ぶ時間は学校にないのだろうか。

おおぜいの子どもを前にして机にきちんと座らせて教えることが、
学校の勉強であるという学校の姿は、もう賞味期限切れでしょう。

そこからはみ出す子どもは、何か障害のある子ではないかと疑う学校。
教師の教え方、学びたい子どもを抑えて教えることに専念する教師。
どれくらいの教師が自分の教え方を問題視してるでしょうか。

子どもたちはいろんな人の力を借りて成長します。
親、教師、友だち、地域の人、いろんなところで出会う人。
子どもにとって体験することはすべてが勉強になります。

学校はその役割を担っています。
学校は親や地域にもっともっと公開しなけれrばなりません。
敷居を低くしてみんなが立ち寄れる学校にする必要があります。

これからも不登校をなくす取り組みをする学校を応援したいと考えています。
保護者と学校と地域が手を結んで教育しなければ効果がありません。
不登校がいなくなる学校は、子ども一人一人に居場所がある学校です。

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子どもが生き生きできる学校がありました。
大阪・「大空小学校」です。
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山形不登校指南<90>

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 中学進学にも不安がつきまとう


小学校入学は親の不安は限りがありません。
中学進学でも不安はつきまといます。

小学校時代に登校不安だった子は、早めに中学校に相談しておくのがいいでしょう。
中学校に進学して学校から遠ざかるのではないかと予想される子どもがおります。 
5月の連休後から学校拒否が現われてきます。


〇学級になじめない子

〇勉強についていけない子

〇部活についていけない子

〇生活リズムがつくれない子

〇みんなといっしょに作業できない子


小学校時代は担任が子どもをすべて把握できています。
中学校の担任はクラスの子どもと接するのは短時間です。
子どもの変化に気づかないことが多いのです。

中学校は子どもにとって真新しいことばかりです。
子どもが戸惑ったり、困ったりしていることをす早くキャッチしたいものです。
日ごろから親子が心を通わせておくことが不登校の歯止めになります。











山形不登校指南<89>

出羽の葉山


  不登校は病気という考えが広まっている


今書店の教育棚には発達障害と英語指導の本がたくさん出ています。
これは時代を反映しています。

かつては生活科が出ると、生活科の本で埋まりました。
総合学習が出るとその通りです。
4~5年前なら「アクティブラーニング(探究学習)」が大流行です。。
その結果、高校に探究科が生まれて相当な受験倍率でした。

不登校の本はすでに出つくしたのかもしれません。
新刊がほとんど出なくなりました。

不登校界は静かに増加して歯止めがかかりません。
不気味な動きです。

気になるのは学校が不登校は病気として扱っているのではないかということです。
病気と考えれば、学校は少し距離を置くことができます。
心や脳の病なら精神科の医師や臨床心理士に任せることができます。

私は、不登校問題は本人、保護者、担任が当事者であると考えています。
この三者が当事者意識をもってかかわった時に解決が見えてくるのです。

学校が不登校問題の当事者(責任意識)から外れてきているように感じます。
医師やスクールカウンセラー(臨床心理士)に頼り切っている現状です。
この人たちのアドバイスはピントがずれていないでしょうか。

私は不登校で病気の人はごく一部だと考えています。
不登校は寄り添える人と居場所があれば立ち直れるのです。


<ライブのご案内>

不登校・ひきこもりの親の会が主催しています。


大須賀ひでき










山形不登校指南<88>

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   心の中に一灯をともしたい


世の中が春めいてきました。
心地よい風が吹いてきます。

この4月は自然からパワーをいただきます。
どんな人でも元気の種がまかれます。

不登校の子どもたちは、悶々とする心と共存しています。

すべてを拒否している子ども。
少しは元気にならなければと思っている子ども。
ひょっとすると新学期から学校にいけるかもしれない子ども。


冬の寒さとともに閉ざしてきた心がようやく開くのもこの季節です。
暗やみの中で手さぐりで生きてきた子どもたち。

自分の力で心のろうそくをともしてほしいと願っています。
心のろうそくに点火するのは自分です。

暗やみでろうそくがともされたとき何が見えるでしょう。
明かりはひかりと熱をともないます。

小さな明かりはやがてふくらんできます。
ひかりと熱は大きくなっていきます。

ひかりは希望であり、熱はエネルギーです。
どんな小さなことでもいいのです。

やれることを頼りに自分の心のろうそくに点火してみましょう。
そこから新しい何かが始まります。

常識から自分を見るのではなく、常識に関係なく自分を見てみましょう
強い自分、弱い自分、しっかりしている自分。許せない自分・・・・・・
そこから新しい自分が始まります。












山形不登校指南<87>

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  解決が見えてくる親の対応


これまでの相談活動で解決が見えた親の対応がありました。
親としてはかなり難しいと思われるものでした。

  〇子どもの今の状態をありのまま受け入れることができた。
   (肯定も否定もしない)

 〇もう学校に行かなくてもいいと開き直ることができた。

 〇親が世間体を気にすることをやめることができた。

 〇本人に好きなことや得意なことをやらせることができた。
   (ネットやゲームには気をつかった)

 〇家に閉じこもると心の病が絡むので、
    できる限り外出できることを考えた。


 〇中学校にいけなくても高校には行けるように考えることができた。

 〇学校や担任を拒否するときは、
    家庭訪問や学校からの電話を控えてもらった。

 〇親以外に話し相手になる大人がいた。


結果としてこのような親の導きがよかったと思います。
これらの一つ一つを解決への突破口にしてほしいものです。













山形不登校指南<86>

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   加点発想と減点発想


世の中はAかBかの二つの考え方で割り切れないことが多いですね。
ことわっておきますが、AかBかで考えるとわかりやすくなることも事実です。

子育てはどのような見方で子どもに接するかによってずいぶん違います。

加点発想とはいつも0点をスタートと考えるやり方です。
テストでいえば0点がスタート地点になります。

子どもができないことから見ると、結果はいつも上昇地点にいることに気づきます。
今日は良かったね、今日はとても努力したねと。
少しでもできればすばらしいと思えるようになります。

気を楽にして子どもを見ることができます
子どもは自信をもって伸びのび育ちます

減点発想とは理想の形、望ましい姿をイメージしてから考えます。
テストでいえば100点満点がスタート地点です。

満点から見るといつもできないところに目が行きます。
今日はまだまだだね、どうしてわからなかったの、努力が足りないねと。
いつも不満をもって子どもを見てしまいます

子どもは親の顔をうかがいながら育ちます。
いい子になりますが、
ときには心が委縮して自分の力が出ないことがあります。


学校は満点を求める社会です。
減点発想の社会といえます。

せめて親は加点発想で子育てをしていきませんか。
これが子どもを変え、社会を変える力になるでしょう。












山形不登校指南<85>

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 能力はかならず現れる


不登校になると心配のタネはつきません。
とりわけ勉強については最大級の心配になります。

それはとても自然です。
なぜなら、勉強は子どもの仕事だからです。

前回は小学校の勉強についてお話ししました。
今回は中学校の勉強のことになります。

中学校の勉強は教科によって先生がちがいます
小学校に比べてスピードが速いです。
わからない子はどんどん置いていかれる感覚になります。

宿題はトータルすれば膨大です。
このような中学校生活では、休めばどうなるか子どもは知ってます

不登校が長引くと、勉強の遅れによって学校がさらに遠のくのも事実です。
そのような状態でテストを受けることは不可能になります。
親は何を言わなくとも子どもは自分を追い詰めています

行けない~勉強が遅れる~親から言われる~すくむ~閉じこもる
(子どもによっては自暴自棄になる)負の連鎖が続きます。

小学4年から中学1年まで不登校の子が、
中学2年から学習を始めて学習が改善しました。
中学1年から不登校の子が、中学3年から学習が改善しました。

改善の子の特徴は、勉強のやる気の充実でした。
不登校になってから久しぶりに勉強を始め、テスト結果は一桁でした。

親はテストを受けるまでになったことを喜び、一桁点数を出発点にしました。
わが子は、今まで勉強を習っていなかったからわからなかっただけで、
決して能力がないわけではないと自分に言い聞かせるようになりました。

そこから自然に子どもを励ます態度に変わりました。
子どもは安心して勉強に向かえるようになりました。
子どもは自分の能力を出して、どんどん成績が向上しました。

子どもに心の準備ができれば、勉強で自分の持っている能力を発揮します。
遅れるという意識は弊害が多いようです。
それよりも勉強がしたくなるように心の準備を整える方が先です。

不登校には勉強以前の問題が山積みです。
勉強はそれからでも決して遅くはありません。












山形不登校指南<84>

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  休むと学校の勉強はどうなるの


不登校の心配の最大のテーマは「勉強」です。
中学校の授業の進度は、新幹線なみと子どもたちは言います。
鈍行、各駅停車では学年最後には終わらないようです。

学校でのまとめが終わらなくなり、プリントを家に持ち帰る姿が見られます。
宿題には限度がありますので、最終的には終わらないことが生じます。
3学期の子どもの様子は、担任の仕事ぶりが反映します。

不登校になると親の脳内には勉強が支配します。
このまま学校にいけなくなると勉強が遅れてしまいます。

何とか回避しなければと、強引に子どもを引っ張り出す場面があります。
小学低学年は体力的に親が勝ります。抱きかかえても学校にと。
これが子どもの心に深い傷になって残ります。
最近ではこの手法は効果がないことがわかっています。

子どもの勉強について考えてみましょう。
子どもはいろいろな知識を身に着けるために学校に行きます。
わからないから学校に行きます。そののために学校があります。

子どもにはそれぞれ能力が違います。
学校で教えたことが、100%わかる子。
50%くらいの子、20%くらいの子とさまざまです。

昔から「読み,書き、算」という言葉があります。
知識を習得するのに、基本中の基本といわれています。。

日本語の読み書き、計算、教科でいえば国語と算数でしょう。
特に算数は大事です。
小学校の時期は計算の積み上げがありますので少し重要です。
簡単に言えば、算数の計算ができれば小学校の勉強はOKです。

ではそれ以外の勉強はどうでしょうか。
小学校では、体験することや興味関心、好奇心がとても大切です。
学校に行っていなくても、これらを豊かにすることができます。

特に、読書は勉強の最大も味方です。
不登校になっても読書が衰えない子は、学力が落ちません。
小学校低学年なら読み聞かせも効果があります。

子どもが落ち着いて家庭生活できるようになると、
心のエネルギーがたまります。
心のエネルギーは勉強に向かう力になります。

中学校については次回。













山形不登校指南<83>

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  期待と不安の親ごころ(小学1年生)


親の心配をよそに子どもたちは保育園・幼稚園で飛び回っています。
新しいランドセルの準備。もう1年前から準備してある話も聞きます。
学校から事前に配布されている学用品の数々。

期待にふくらむ家族の皆さん。
それでも親は限りなく心配になります。

どんな心配があるでしょうか。

 〇学校に喜んで行ってくれるかな。
 〇先生の言うことがわかるかな。
 〇学校の勉強についていけるかな。
 〇よその子に比べて問題がないかな。
 
 〇忘れものをしないかな。
 〇給食が食べられるかな。
 〇友だちとなかよくできるかな。
 〇先生に怒られたりしないかな。


数えあげればきりがありません。
不登校になった子の中には、
小学校入学当時から登校しぶりがあった人がいます。

親の心配の中に、不登校原因があった可能性もあります。
子どもはなかなか自分のことをうまく言い表すことができませんので。











山形不登校指南<82>

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  幼児時代に大事なこと


これまで不登校の子どもたちと大勢接してきました。
原因はさまざまではっきりわからないことが多いです。

不登校の子どもたちの育ちを考えてみますと、
幼児時代に十分でなかった共通のことに気づきます。
大きく「三つのふれること」がありました。


一つは、「遊び」です。これは物事にふれることです。
遊びの中でことばをたくさん覚えます。
体の動きがとても巧みになります。

二つ目は、「自然体験」です。自然にふれることです。
子どもの感覚が磨かれます。が豊かになります。
これは小学校の勉強の土台になります。

三つめは、「人間体験」です。人にふれることです。
いろんな人とのかかわりを覚えます。
安心心情や信頼心情の土台になります。


これらはすべての不登校の子どもに当てはまるわけではありません。

三つ子の魂百までも、という言葉があります。
幼児期に体で覚えたことは、
潜在的な能力を秘めているといえるでしょう。











プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
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