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山形不登校指南<61>

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 子どもが学校に行かないこと


子どもが学校に行かないことで解決することは何でしょうか。

学校が原因となっているもろもろのことがあるでしょう。
担任、友だち、勉強、部活などなど。

学校に行かないことは、学校から離れることです。
学校から離れることによって心は軽くなりますが、
勉強が遅れることなど焦りや不安が心を支配します。

つまり、新たな問題が発生して、解決にほど遠い状況になります。

学校の役割は、知識の学習のほかに人間関係や協働作業など、
社会性のトレーニングの場であるとよく言われます。

今や知識の学習は学校の外でも十分できるようになりました。
情報化社会の進歩は目を見張ります。

人間関係の訓練としては、学校は同世代が中心ですので、
多様性に欠けるきらいがあります。

学校の協働性はどうでしょうか。
クラスや学年の行事で、力を合わせる場面がしばしばあります。
学校以外の場でも共同作業や集団性を学ぶことができます。

このようにみてきますと、学校にはどんな意味があるのだろうかと思います。

無理して、思い詰めて、自分の体を傷つけて、死を思い浮かべながら、
学校に行かなければならないところでしょうか。

私はそうは思いません。

学校に行かないとき家で何をするか
みんなで考えていきたいものです。
























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山形不登校指南<60>

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不登校前期の対応で不登校は防げます


不登校前期とは不登校になる前の段階のことです。
子どもたちは一気に長期休みに入ることはありません。
必ず前段階があります。


 〇時々休む。

 〇定期的に休む。

 〇親が仕事休みの時に休む。

 〇病院に行って診察が終わり、時間があっても学校を休む。

 〇特定の時間、特定教師の授業のある日は休む。

 〇宿題が多くて終わらないので休む。

 〇家庭の中が不安定で休む



理由はさまざまでしょうが、学校を休むことには変わりありません。

私は子どもが時々休むようになった時期に原因が潜んでいると考えます。
休んだ直近より、かなり以前に何かあったことが見えてきます。


学校を休むことによって短期間で元気を取り戻し、登校が回復する子がいます。
子どもにとって休みが必要な子でした。

子どもの休み方には、短期で回復するものと、長期になるものがあります。

問題なのは学校を時々休みがちになって、
しだいに元気をなくしていく子です。


不登校には必ず原因があります
しかし、休む理由がはっきりしない、漠然とした状態で休む子が多いのです。

長く休んでいるうちに、何で休むようになったかわからなくなるのが実態です。

親も教師も不登校前期の段階で
子どもと信頼関係が築ければ不登校は防げます











山形す登校指南<59>

ゾウの歯



    不登校のステージ(レベル)診断



どうしてこんなに長く家庭にひきこもったのか。
ここまでくるまで何とかならなかったのか。
こんな心が痛む事例に幾度となくぶつかってきました。

保護者の皆さんは、お子さんの不登校状態がどうなっているかわかりますか。
不登校の保護者の皆さんが集まると、子どもの状態の多様性に驚きます。

不登校になったばかりの方と、2年を経過した人では心の余裕が違います。
風邪をひいたときの引きはじめの人と、治りかけた人ではその対応が違いますね。
それと同じように考えていいでしょう。

私が経験している70~80%の不登校は同じような経過をたどっています。

私は不登校相談では、話を聞いた後にどのステージに立っているかを考えます。
以下のようなステージを想定しています。


 ◇前期ステージ:時々休む段階(特定曜日に休む子は要注意です。)
 
 ◇初期ステージ:一週間以上続けて休みに入る段階
 
 ◇中期ステージ:家の中で落ち着く段階
 
 ◇後期ステージ:家が退屈になる段階
 
 ◇無期ステージ:何年も続くという段階


不登校初期は精神混乱期で、子どもは頭痛、腹痛、気分不良を訴えます。
さらに泣いたりわめいたり、暴れる状態が見られます。
学校や友人を拒否し、家の人もかなり混乱します。

中期は家庭内で安定した状態になります。
学校からのかかわりにも素直に受け入れられる状態です。
でも、外出はできません。

後期は家での生活が退屈になり外出できるようになります。
教育支援センターやフリースクールにも行けるようになります。
外に向かう気持ちはありますが、学校にはまだまだ遠い段階です。

この初期、中期、後期の期間は、親や教師の対応によって長短が生じます
特に、学校拒否が強い前期に、

「どうして学校に行かないの。」
「学校に行かないと勉強が遅れるぞ。」
「このままでは将来どうするんだ。」

と、家族の人が子どもを追い詰めてしまうと、中期になかなか進めなくなります。
長期、無期の道に踏みこむことになります。

考えてみますと、この子どもを追い詰めてしまう言葉は、
親や教師の本音ですので、言ってしまうのはあたりまえです。
初期の段階で、子どもを受け入れ、「それでいいんだよ。」とはなかなか言えないものです。

まして祖父母のいる家庭では、

「この家にはこんな子はいなかった。」
「こんなことで子どもは本当に大丈夫か。」

親が責められ、子どもを取り巻く家庭環境が重くなり
子どもの心は負のスパイラルに支配され解決が遠ざかっていきます

子どものステージを見ながら、
子どもが休むこともしょうがないなと覚悟を決めると、
回復が確実に早まります。




















山形不登校指南<58>

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    学びたいけど学校にいけない子



不登校にはそれなりの理由があります。

学校のすべてが嫌いだ。
友だちや教師が嫌いだ。
勉強が嫌いだ。

しかし、学びたいけど学校にいけない子どもにはどうすればいいのでしょうか。
学校にいけないことには理由があります。

これまでは障害のある子どもで、学校に来ることが困難な子どもには、
訪問教育
がなされてきました。

すべての子どもに教育を行うことは、義務教育として当然のことです。

不登校の子は障害や病気というのではありません。
学校にいけないだけです。

小学校や中学校は義務教育です。
子どもたちが学習することを保障しなければなりません。

不登校でも本人に学習の希望があれば、
万全を期して学習の機会を保障するのが学校の役割でしょう。

この膨大な不登校数の現状を考えれば、
学校に機動的な学習支援員の準備があってしかるべき時代になっています。

現状では、学校には行けないのに勉強だけしたいとは何事か。
わがままもいい加減にしろという叱責が聞こえてきそうです。


本当にそうでしょうか。
学校は子どもが学ぶところです。勉強するところです。

子どもが何らかの理由で学校にいけないなら、
学校は子どもが行けるようにして学びを保障するか、
子どもがいるところで学べるようにするかのどちらかです。


不登校について、本人や家庭の責任論が支配的ですが、
小中学校の役割である義務教育をきちんと実行する原則から見れば、
現状はまだまだ学校教育の不備といわなければなりません。

家庭からの学習要望には、学校はきちんと応えて行かなければなりません。
親や子の学校への学習要望は、正当な要望です

どの子にも子どもの学習や生活を保障している障害児教育がよい前例です。











山形不登校指南<57>

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      不登校の皆さんへ



山形県内に住む中学、高校の1000名以上の不登校の皆さん。
全国の20万人以上の不登校の皆さん。

今まで親から病院に連れていかれたことがあるでしょう。
病気ではありませんねと言われた人も多かったと思います。

あなたは学校に行かないでどうするの、こんなことで将来どうなるのと、
家の人から毎日言われ続けてきたでしょう。辛いですね。

私の気持ちがどうしてわからないのと反発もしましたね。
もう親と話しもしたくないと部屋に閉じこもり
静かな夜更けに一人で思い切ってしたいことをやっている人もいますね。

でも、決して心は満たされていませんね。
学校や勉強のこと、自分のことを考え答えの出ないことにいら立っていませんか。

将来への不安はあなたばかりではありません。
親も学校に行っている人もほとんどの人が不安を持って生きています。
生きるということは不安と共にあるといえます。


あなたは不登校という「一つの生き方」を身をもって示しています。
不登校をするということは、両親や教師の価値観に挑戦していることです。

ですから、不登校の時間は無駄な時間ではなく、
あなたにとってかけがえのない必要な時間
といえます。


いろいろな能力を秘めている賢明なあなたですから、
今はまず誰からも言われずに生活を正し
自分なりの体力をつけて
自分が本当にやりたいことを心の中で固める時間にしてはどうでしょう。


あなたが自分と相性の合う信頼できる大人に出会い
元気になって新しいあなたになることを確信しています。


山形不登校指南<56>

夜明け



    夜明けはかならずやってきます



新しい年を迎えました。

今年は希望のひかりが見える年にしましょう。


 ◇不登校は決して悪ではありません。 

 ◇不登校は決して怠けではありません。

 ◇不登校は決して落伍者ではありません。


 不登校は時代の先端を行っているかもしれません。
  
     @あの時代は不登校に偏見があったよね。

 
 不登校は世界に通じる心を持っているかもしれません。
 
    @あの時代は不登校が世界をめざすと笑われたよね。

 
 不登校はあたらしい芸術を内に秘めているかもしれません。
       
    @ あの時代は自分の感性を表に出せなかったよね。


こんな時代が来るでしょう。

過去に誇らしかった物事は、価値の転換を迫られています。

学校の意味が変わる時代に入りました


学校にこだわらず、
子どもの可能性に沿う生き方を探していきましょう。


















山形不登校指南<55>

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       少し遠いけど 輝くひかりが見える



不登校の保護者の皆様。

「遊育のとびら」をいつも開いて読んでくださっている皆様。

心から感謝いたします。


今日、2018年12月29日は山形は大雪です。

家庭は子どもたちを温かく包んでいることでしょう。

今年、不登校の闇の中に入った方。

今年、闇のかなたにかすかな灯を見いだした方。

親として苦しさを味わった1年ではなかったでしょうか。


皆様に希望のことばを贈ります。


「明けない夜はない。」

「凍てつく冬も必ず春は来る。」

「ユキツバキは雪が積もれば積もるほどきれいな花が咲く。」



来年も不登校のかなたにある輝くひかりを、

追い求めていきたいと思います。

皆様に新しい年が前進の年になりますようお祈りいたします。












山形不登校指南<54>

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     中学生の進路問題は困難が当たり前



子どもの進路問題は簡単ではありません。。
それは不登校であっても、登校している子でも同じです。

中学2年のこの時期は、中3に向けて進路指導が入ります。
幼い時から職業的な夢のある子は例外ですが、
ほとんどの子は毎日生きていることで精いっぱいなので、
進路問題が目の前に来なければあまり考えないのが普通です。

学校としてもまあこの時期に、子どもと親に聞いておくかという程度でしょう。
その程度に考えておけば気が楽になります。


子どもにとって先がほとんど見えないしイメージできません。
こんな状況で進路を考えなさい、進路をいったん決めておきなさい、
というのは酷なような気がします。


私はこれまで大学生や浪人生の進路にかかわってきました。
高校生や大学生でも、その先のことになると迷うばかりでした。

ましてや中学生です。白紙からのスタートです。
親子で十分話し合いたいものです。


そこで子どもが進路進学を考えるには、どんな情報が必要でしょうか。
例えば次のような情報が役に立つでしょう。


  ◇学校や塾の成績で学校の資料から進路・進学校を決める。
    (高校に序列があって、一般的には輪切りという言い方がある)

  ◇大学進学、経済問題から県立高校にする。

  ◇自分が興味を持っている、工業、商業・農業系の学校にする。

  ◇高校に行ってからまた考えるので、普通高にする。(公立、私立)

  ◇昼働いて夜間学校で勉強する

  ◇通信制の高校にする。(不登校が入れるNHK学園等)

  ◇寮のある学校にする。


今の子には選択肢がとても多いです。
まだ一年ありますので、本人がよく考えて選択できるようにするのがいいですね。


進路進学をこれまでほとんど考えたことがなければ、
話し合うたびにコロコロ気持ちが変わるかもしれません。

友だちの話、オープンスクールと新しい情報が入るたびにかわるのが普通です。
子どもの変わる気持ちをしっかり受け留めることがとても大事ですね。


不登校の子には高校に行かないで仕事をする選択肢もあります














山形不登校指南<53>





    発達障害ってなんだ!



マスコミに発達障害という言葉を目にしないときはありません。
かつては子どもの問題でしたが、大人の発達障害の問題が深刻のようです。

発達障害による不登校とは何でしょうか。
両者はどのような関係にあるのでしょうか。

私には精神医学的に、心理学的な素養が不足しているのか、
研究者の語る言葉があまり理解できません。
もっともっと平易な言葉で、生活レベルでもわかるように
論じてほしいと願っています。

発達障害とは、脳の部位疾患・機能疾患なのか、遺伝的なものなのか、
環境によるものか、治るものかものか治らないものか判然としません。


医療機関で発達障害の疑いがあると診断が出ても、
それは不登校要因の一つです。
すべてではありません。

学校に行くことを渋る子どもには必ず原因になる問題があります。

 ◇発達障害かもしれません。
 
 ◇家庭環境かもしれません。
 
 ◇学校の担任教師、学級環境かもしれません。
 
 ◇友だちかもしれません。
  
 ◇本人の精神的な成長かもしれません。
 
 ◇勉強がわからなくなったのかもしれません。

このように、不登校は子どもの総合問題です。
子どもはあらゆることを背負いながら成長していきます。

決して発達障害だけが問題ではありません

たとえ発達障害と診断が出ても、
子どもの問題を考えることはやめないでほしいと思います。











山形不登校指南<52>

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    学校は出たけれど



不登校でも高校は入れます。
今はいい時代になりました。

今年も連絡がありました。
高校に入りました
大学に進みました

元不登校生徒から連絡があり、
よくがんばったものだといつも喜んでいます。
生徒1人1人希望に満ちた顔が浮かびます。

しかし、大学をやめました
もう高校には行けません
という話も入ってきます。

進学した学校をやめるまでには相当の葛藤があったことでしょう。
心が折れたのにはきっと理由があったはずです。


私は不登校状態をを安易に認めているわけではありません。
本人の不登校の持つ教育的な意味を問い続けています。
本人にとってプラスになる面があると信じているからです。

その子の成長に合う教育の問題です。

ですから学校に行ければいいとか、
高校に入学できればいいとか、
大学に入ればすばらしいと安直に考えることには賛成できません。


子どもはいずれ独り立ちしていきます。。
進学することのみの目標では見失うことが見られます。


不登校に戻らないことを念頭においています。

進学すれば待ち受けていること。


〇毎日の通学する。(体力)

〇毎日同じような生活のくりかえし。(忍耐力)
 @起きること、寝ること、食べること、
   趣味をすること、遊ぶこと、家庭学習。

〇家族や学校の人間とのかかわり。(関係力)



これが次へ進むステップの準備です。
これをおろそかにはできません

学校に行かなくても、このような準備の心があれば、
次の段階に行ったときに困ることがありません。

この準備は、
本人の成長につながっているからです。