FC2ブログ

笑いのある学校

L1040680.jpg


  子どもが楽しむ学校・学級


子どもたちの生活範囲がせまくなり、
生活のおもしろいさがなくなっています。

学校は安全面が優先されますので、
学校を楽しむ機会がほとんどなくなりました。

かつての子どもたちは学校でどんなことを楽しんでいたのでしょう。

 〇理科室・・・お化けの出るところ。人体模型。
 〇音楽室・・・世界の作曲家が上からにらめている。
 〇保健室・・・怪しげなにおい。いつでもやさしい先生。
 〇体育館用具室・・・暗い隠れ家。
 〇トイレ・・・しゃがむと下から手が出てくる学校伝説。
 〇清掃時間・・・普段は入れない部屋に入れる楽しみ。

学校で子どもたちがドキドキ、ハラハラ、わくわくしなくなりました。

 △過度の安全重視で面白み、楽しみがなくなった。
 △あらゆる部屋から閉め出された。(立ち入り禁止、施錠)

校内の楽しさ、おもしろさと危険は裏腹の関係にありました。
安全という名の過保護は、子どもの危険予知能力の衰えを生んでいます。、

健康な学校・学級とは、笑いのある学校・学級です。
あなたのお子さんの学校・学級には笑いがありますか。












スポンサーサイト

部活動のゆくえ

L1040504.jpg


ブラック学校はホワイトになれるか


ブラック学校という言葉が世の中を闊歩しています。
このため教師志望が減少しているといわれています。

中学校には必修クラブ活動と選択クラブ活動(部活)があります。
部活は課外活動になっていますので、建前は自由参加、任意参加です。
学校の事情により部活を必修にして全員参加をしている学校があります。

必修クラブは、生徒が必ず参加出席しなければならないものです。
しかし、部活は任意参加ですので帰宅部(いつごろできた言葉かな)は、
大いにありなのですね。

今教師の働き方改革で、部活動問題が取り上げられています。
スポーツの部活では外部から指導者を招き活動をするというものです。

これまでの学校の常識からいえば、部活動は教育的意味が大きかったことです。
学習のストレスを部活で発散する生徒はたくさんいました。
教師はそれを積極的に評価することができました。


外部の指導者はどのような役割なのでしょうか。
中体連があるから部活を存続させるためでしょうか。本末転倒です。

ところで、中学校から部活と入試を消去すれば何が残るのでしょうか。
中学校教育は何が大事なことなのか、真剣に考え直す時期が来たようです。

中高一貫校、プロスポーツのジュニアユースコースの活動
今のままの部活動、高校問題入試における部活の内申など、
これまでの子どもの教育環境が大きく変化する時代に入りました。

県内のスポーツ優秀中学校は、ぜひホワイト学校であってほしいと思います。
指導者、指導方法をきちんと公表して、
学べるところは全県で学んでほしいものですね。












教師があやうい

L1040427.jpg



    学校の人権意識が弱すぎる



平成が終わることになりました。
昭和、平成・・・。

昭和で当たり前だったことが、平成では驚くようになりました。
学校も例外ではありません。

かつて、中学校ではテストの成績順の個人氏名が廊下に張り出されました。、
一定番数まででしたが、誰が一番で、だれが成績が良いのか明らかでした。

教師も生徒もそれが普通だと思っていました。
生徒にやる気を起こさせるためだったのかもしれません。


高校入試の後には、合格者氏名は新聞に出ました
自分の学校であれば、誰がどこに入って、どこを落ちたのかみんなわかりました。

国公立大学合格者は、大学名と出身高校名と個人名が新聞に出ました。
いつから新聞に出なくなったのでしょうか。
あまり記憶がありません。


昔から小学一年生は、胸に大きな名札を付けていました。
子どもたちは全員名札を付けていました。

名札には、学校名、学年、組、氏名、その裏には血液型、親の氏名など。
個人情報満載ですが、教師たちは何も感じませんでした。

業者が先取りして製品を作り、教師はそれに乗るだけでした。
お金がかかりますが、教師に都合がよかったのです。

そのうち、名札は布からプラスチックになって、学年色別になりました。
個人情報がいきなり少なくなりました。


学校はいつごろから子どもの人権を意識するようになったのでしょう。
これは昭和と平成の大きな違いです。

教師には子どもは意のままになるものだと思っている人がいます。
昭和の教師といっていいでしょう。

学校スポーツでの体罰は、もう許されない時代になりました。
今も残害はありますが、これは昭和の教育を受けた教師の弱点です。

教師になるための人権教育を徹底しなければ、子どもの人権は守れません。
人権意識に欠ける教師には、研修を義務付けてほしいと思います。


保護者は子どもを守るために、
教師に向けて目を光らせなければなりません。
それが子どもの人権意識を育てます。


時代が変わるということは、身の回りのことも変化するのです。
身の回りの小さな変化が、時代を変えていくのかもしれません。











少子化で崩壊する学校

L1040447.jpg



    少子化は学校を狙い撃ち



これからは、少子化によって学校も子ども世界もどんどん変化します。
スポーツの世界は変わる兆しが出ています。

まず、スポ少ですが小学校単位でやってきた少年団は、
少子化で解散したり統合したりしています。
加入者が減少して成り立たない地域が続出しています。

中学校のスポーツ部活も例外ではありません。
かつて、1000人から800人いた中学校が、500人、300人になりました。
生徒数が減少すると部活も減らさなければなりません。
校内の力関係で廃部を余儀なくされた部は数え切れません。

今後はさらに廃部に拍車がかかるでしょう。
スポーツの苦手な子供たちは、スポーツ部ではなく文化部に入ります。
集団の競技はますます入部する子はいなくなるでしょう。


新しく中学校ができてから70年。
今の親、祖父母の時代は華やかな部活・クラブ活動三昧でした。
大会の範囲は県大会どまり。
その後東北大会ができて、今では全国大会が当たり前になりました。

全国中学校大会に出場すれば、顧問教師は鼻高々です。
担任する教室の子どもたちよりも、部活命の教師がたくさんおりました。
それを保護者たちはサポートしてきました。こんな姿はもう時代遅れでしょう。

各スポーツともにすそ野が広がっていた時代は、
中学校部活~高校部活~大学、社会人あるいはプロの道に進むことに、
異論はありませんでした。


しかし、今後はそうはいきません。
少子化によりスポーツのすそ野はものすごい勢いで縮小し続けています。

もはや少子化により、学校スポーツは社会に移行すべき時がきています。
きちんとした管理のもと、科学的な運動でけがのないスポーツを奨励する時です。


中学校のスポーツ組織は、古い形そのままで今に至っているのでしょう。
子どもの過労と教師の過重勤務につながる練習時間一つとっても合意形成ができません。
勝利至上主義の弊害です。

学校スポーツ(勝利主義)は社会に移行し、
生涯にわたる健康について、
生徒一人一人に身につく文化として、
正規の体育授業を充実
させてほしいものです。

中学校のほころびはその口を大きく開け始めています。











母校という名の学校

L1040364.jpg



      それぞれに学校はある



学校が消えると、村はさびれていきました。

私が通った街の学校は滅びずに今もすべて残っています。
校舎は全部建て替えられたので、母校といったなつかしさはありません。


私が勤めた九つの学校は、今はどうなっているでしょう。

最初に勤めた山間地の分校はもうなくなりました。
かつての卒業生と村の皆さんと和気あいあいと閉校式をやりました。
何十軒とあった村は、今では2軒だけです。


二番目の山間部の小さな学校もなくなりました。
地域の方や大勢の先生方で盛大な閉校式になりました。
思い出がかけめぐりました。


五番目の学校は100年以上の歴史をもつ学校でした。
華やかな炭鉱時代があり全盛期には千人の生徒がいた学校。
最後は複式学級で二けた子どもになりました。
あたたかい感謝の気持ちのこもった閉校式でした。


この半世紀に山形県内から何百という小学校が消えました。

母校という学校がもう存在しないのです。


高齢者の皆さんは小学校時代の話になるといきいきします。
担任先生の思いで、友だちとあそんだこと、校庭の光景など。

当時の学校はそんなに設備が整っていたわけではありませんが、
かつての学校の楽しさがどんどん伝わってきます。
勉強もしたのでしょうが、なぜか勉強の話は出てきませんね。


人それぞれに学校の思いがあります。

学校は一人ひとりのふるさとになるところです。

今はさびしいふるさとばかりになりました。









学校今昔

L1040233.jpg



    教室はドラマです



子どもを育てている保護者の皆さん。
授業参観などで教室にはいったとき、
自分が小さかった時に比べてどうですか。

教室はドラマの宝庫です。
子どもの作品の裏側には、教室のドラマがあります。

周囲の壁に貼られている、掲示物は昔からあまり変わりませんね。
図工の時間に描いた絵。作った工作
国語の書き方の時間に書いた習字の作品。


こんな子がおりました。
習字の時間が苦手です。集中して書けば力強い字がかける子です。
授業が終わりに近づき、何事もなかったように作品を出しに来ました。

突然、「おれ書いたのがなくなった!」とその子の後ろの子が騒ぎ出しました。

じつは苦手な子が、後ろの子が席を離れたすきに手元に引き寄せ、、
後ろ人の作品に自分の名前を書いて出したのでした。


40人学級時代は教室に物があふれ、いつもごちゃごちゃでした。
自分のものさえ分からない子がたくさんいました。

落し物が段ボールに満載です。
まだまだ使えるものばかりです。


この子の失敗は、自分よりかなり上手な字を作品として提出したことでした。


子どもには小さい時から生きる力を備えている子が確実にいます。
とても頼もしい子どもたちです。



















山形県小中不登校1000人突破

旧山形県庁"



   子ども減少でも不登校1000人突破


昨日10月25日に、平成29年度の不登校調査の結果(速報値)が発表されました。
結果は小中学校で約1万の増加でした。

山形県の子ども数はずっと減りっぱなしです。
止まりません。


それに引き換え不登校は再び1000人を突破し増加しています。
もはや危険信号です。


県内には学校に行っていない子どもの受け皿が整備されておりません。
世の中は、山形県では、すべて個人の責任のようです。

不登校の子どもや保護者に一肌脱いでやろうとする自治体や首長さんは、
今のところ見当たりません。

自治体議員さんたちの関心の薄さには、はっきり言ってがっかりです。
あなたの地域から優秀で有能な子どもたちが、どんどんいなくなりますよ、
といいたいですね。

不登校は隠れた磨かれていない宝石です。宝物です。


不登校の子どもの全人格を否定するような偏見が、
まだ学校には残っています。

教師の態度や言葉が、不登校の人生を左右することを知ってください。
学校から偏見をなくしましょう。そして、地域に広めていきましょう。

それが学校の役割ではないでしょうか。


















担任の当たりはずれ

L1040229.jpg


     
        担任の良し悪し、子どもと親の差



4月ごろ、スーパーなどでお母さんが立ち話をしています。
子どもの学校のうわさ話でもちきりです。
お母さん同士かなりもりり上がります。

「今年は男の先生でよかった。」

「今度の先生はよおこるらしい。子どもたちはいつも緊張しているみたい。」

「今年の担任はようやくやさしい先生に当たったのよ。ラッキー。」


小学校は学級担任制といって学級が単位です。
1人の担任が子どもの学校生活のすべてをとり仕切ります。
効率よく教育をすすめるやり方で、100年以上続いているしくみです。

親も教師もなれ親しんでいますから、今の人はだれもうたがいません。

子どもは担任を選べません。
子どもと担任の相性は教育上とても重要な要素です。

担任の評価は親の影響も見のがせません。

イケメンの若い教師が、担任になったとします。。
クラスの学級懇談会には、お母さん方で出席率がよくなります。

また、美人と評判の教師が担任になったりすると、
お父さん方の参加が多くなります。
保護者の皆さんは、とても人間らしい行動がみられます。


ここからが問題です。
親の評判をよそに、子どもたちはちがう目で見ています。
特に若い教師にはけっこう鋭いです。

イケメンらしい教師や、美人らしい教師はそれはそれでいいのですが、
短気だったり、えこひいきが強かったりすると子どもはげんなりです。


子どもたちはやはり、いっしょに遊んでくれたり、勉強を楽しく教えてくれたり、
スポーツが秀でたりする方がずっとずっと教師を好きになります。

子どもたちは心から尊敬するし、自分たちの担任でよかったと思うのです。












変わる学校





     時代の先はいつも手さぐり



今の学校は昔の学校に比べて子どもにとても手厚くなっています。
さまざまな子どもたちに応じるために、各学校にはいろんな職員が配置
されています。県内の職員名称はそれぞれ違います。

大別すると下記のようになります。

 ・学校生活全般をサポートする職員<学校生活指導員、学校教育支援員等

 ・主に学習をサポートとする職員<学力向上支援員、学習補助員、
   外国語活動支援員、読書活動推進員、別室登校学習支援員(不登校)等

 ・特別支援教育をサポートする職員<特別支援指導員、言語療育指導員等


最近では数人の教師が教室に入って授業をやるケースが多くなりました。
授業中に抜け出す子どもがいたり、今何をする時間なのかわからない
子がいたりした場合に、個人的に指導に入るようです。

このような子は昔もいましたが、ほっとけばそのうち何とかなるだろうと
教師たちは構えていました。ある時間がたつと教室に戻ってきました。
何をすればいいかわからない子には周囲の子が教えてくれました。

時には担任とけんかになって学校を抜け出す子どももいました。
そうすると、校長や教頭あるいは用務員さんが追いかけていきました。
何となく何とかなった時代でした。
でも、決して昔がよかったという話ではありません。


それはその時代が、

 まだ子どもの人権を問うことなく、

 子どもの学ぶ権利を考えることもなく、

 教師の指導法を問うことなく、


古来からのやり方を踏襲しているだけでした。


しかし、現代は違います。私たちの意識は数段レベルが高まりました。
子どもや教師はその高いところからスタートです。

昔の子どもや教師は、今の負担とプレッシャーに比べたら、比べものに
なりません。ずいぶん軽かったのです。

時代と共に学校は変わらなければなりません。学校が子どもたちに
きめ細かな教育を提供するためには、保護者の応援も欠かせません。


時代の進展が早く目の前のことで精いっぱいですが、
子どものための学校に変わりはありません。















学校と酒屋さん

山形県高畠町銘酒「錦爛」



     飲んべえ先生がいましたね



かつて小学校は地域の文化拠点でした。
学校には家庭にはない新しくて珍しいものがたくさんありました。
これも子どもたちをひきつけた理由かもしれません。


創立から100年以上過ぎている郡部の学校に行くと、必ずあるものが
目につきます。それは、校門近くにあるいは学校近くにはかならずと
いっていいほど酒屋さんがあることです。

バスの停留所が近くにあり、自家用車のない時代には、お酒の好きな
先生はバスが来るまでお酒を飲んで時間をつぶしていたこともあった
のでしょう。

学校にはたくさんの行事がありました。毎回打ち上げもやりました。
学校にはお酒はつきものでした。

学校には礼法室(裁縫室)という畳の部屋がありました。そこの
押し入れには、宴会の準備に必要な湯飲み茶わん、長テーブル、
花瓶、座布団などが置いてありました。学校の宴会の準備は、
女の先生か若い先生たちでした。

お酒はもちろん近くの酒屋さんです。
酒屋さんでは、年間通して学校から注文がありますので、学校が
注文する前から準備をしておくのが普通だったようです。
注文するとすぐに配達してくれました。


今では酒屋の看板だけ残っているところも少なくありません。
学校と共に歩んだ酒屋さん。ありがとう。

卒業した小学校を思い出してみませんか。
学校近くにはお酒屋さんはありませんでしたか。













プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント