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かわること、かわらないこと

やまがた月山


  いのちもくらしもとどまることはない


50年来の友が、県外からきて談笑しました。
学生時代に見たやまがたが、思い出せないくらいだと。

今も続けられている道路の拡張工事です。
中心街は住宅や店舗を移動させ、幅広い道路がつくられようとしています。

自動車は行きかいますが、人の歩く姿は見えません。
今後十年後、二十年後は人口減少続きます。
現状では底なしのように見えます。

広い住宅地が市内に点在しています。
新しい住宅地には30代,40代の人たちが主流です。
子どもたちも一気に増えて小学校や中学校の教室が足りなくなります。

しかし、そこも30年、40年経過すると、子どものいない高齢者地域になります。
高齢者にとって終の棲家ですが、子どもたちは戻ってきません。

住宅地近隣の大型のスーパーは、子どもや若者がいる時代は繁盛します。
高齢者ばかりの地域では商売になりませんので撤退していきます。
もはや地元の商店は消滅していますので、生活が困るようになります。
こんなくりかえしの世の中のような気がします。


人も、くらしも変化を続けます。
「諸行無常」というのでしょうか。

「禍福は糾える縄の如し」という言葉もあります。
人の歴史から栄枯盛衰を読み取ることができます。

一生不幸だった人を聞いたことがありません。
また、一生幸福だった人も聞いたことがありません。

山形の霊峰月山(がっさん)は、写真のように昔から変わりません。
わたしたちのいのちとくらしを見続けています。












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車社会(モータリゼーション)

仲間だち



   車はどこへ行く



バスが陸から湖の中に静かに入っていく。
水陸両用の観光バスだ。
長井市にできたダムの湖面をゆっくり進んでいる。快適そうだ。

軍事用の機能が民間用に転用されたのだろうか。
テレビや映画の世界の車がどんどん実用化されていきそうだ。
夢物語のようなものが、現実のものとなってきた。


父は戦前から自動車関係の仕事をしていたので、小さい時から車に触れ
てきた。ジープ、スクーター、棒ハンドルの三輪車、トラック。
アメリカの外車フォード車にも乗った。昭和の30年代だ。

フォード車は助手席で正座しても前のダッシュボードが高く外が見えなか
った。日本車に比べ、あまりの室内の広さにびっくりした。格段の違いだ。

スクーターは医者など高所得者の乗り物だった。スクーターを購入した人
たちが会をつくり、遠乗り会と称して隊列を組んで誇らしげに隣県などに
旅行した。後方にはジープに乗った修理部隊がいたので、参加した
皆さんは安心して運転したようだった。県内の道路はまだ舗装されては
いない、どこも砂利道だ。

当時の若い兄さんたちは、それをうらやましがってみていた。
今に見ていろと、金持ちになって、車を買って、彼女を射止めたい。
こんな青年たちが日本中にごろごろいて、経済は右肩上がりに発展した
のだろう。ついに車社会の到来だ。

高度成長が進行して、給料の上昇と共に車が手に入る時代になった。
若い人はローンを組めるようになって、ますます車に惹かれていった。

あれから50年。
老若男女、誰でも車に乗れる時代になった。特に女性の車所有と運転は
前時代では考えられない大変画期的な出来事だった。いい時代だ。

最近では高齢者の事故が増え、障害物があれば自動ブレーキが作動し
て停止する車が出ている。

高速道路や一方通行道路を逆走する車が話題になるが、人間の機能が
マヒしていても安全に対応する車を発明して、事故を未然に防いでもらい
たいものだ。

昔の夢が一つ一つ実現する時代になった。







  



プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

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