FC2ブログ

山形不登校指南<11>

秋の前風



   休み明け登校しぶり、休みの中にあり



長期休みが明けるとあちらこちらから登校しぶりの声が聞こえます。
始業式当日の学校欠席者はかなりの数です。
全校生が全員そろって始められる学校は、奇跡に近くいい学校です。

テレビでは学校を待ちわびた子どものうれしそうな声を映し出しています。
初日に学校を休んだ子は、そんなテレビは見たくはありません。


始業式当日、学校を休む子の様子とその見立てをしてみましょう。

 ①海外旅行をして帰国できなかった子(仕方がありません)
 
 ②前学期から不登校だった子(仕方がありません)      

 ③宿題が終わらなかった子(本人や親の根気不足です)
 
 ④家が居心地がよくだらけてしまった子(家庭環境です)

 ⑤前日から休み疲れがみられ急な発熱が出た子(楽しい休みでした)

 ⑥頭痛、腹痛、気分不快などを訴える子(要注意です)


ほとんどの子は、2~3日で登校するようになるので心配はいりません。
あわてて周囲が騒ぎ立てることによって、本格的な不登校になることが
あります。


宿題ができなかった子が休むのは中学生にもいます。教師の強烈な
叱責を避けるために欠席した例があります。欠席して宿題を終了して
気持ちよく学校に行くのも、子どものいい知恵ではありませんか。

小学1年生ではよく休み明けに欠席が続くことがあります。
親が小学生最初の子であれば、経験がないので驚いてしまうでしょう。

登校しぶりが出たら、仕事を遅刻しても子どもとつき合う覚悟があれば、
解決は早いです。

親や祖父母と一緒なら、学校に行ける子が多いと思います。

親は理由を知りたくなりますが、あえて理由は聞かない方がいいでしょう。 

子どものこころは楽になりますから。  









                                  






スポンサーサイト

学校は満腹だ

   星花



   社会の課題に応える学校は満腹だ



最近、学校はブラック企業だ、それ働き改革だと叫ばれている。
体験的に1980年代初め頃までは学校現場には余裕があった気がする。
小学校では放課後教師たちは子どもたちと遊ぶことができた。

学校が社会の要請に応え始めたのは、いつごろからだろう。
昭和40年(1965年)代ごろから車社会の到来により、児童の交通事
故が増え始め、学校で「交通安全教室」をやるようになった。

当時のダンプカーは、国土建設の先陣を担っている自負のせいか、
運転手は人を撥ねてもあまり罪の意識がなかったような気がする。
猛スピードで道路を駆け抜けるダンプを思い出す。

子どもの登校時には緑のおばさんが立つようになった。
校長が校門に立って子どもを出迎える学校はどこにもなかった。

昭和の終わりころは、子どもの肥満や生活習慣病が社会問題
になり、どの学校でも保健の先生が中心になって「肥満教室」が開か
れた。

平成になり社会問題が学校に入ってきて「○○教育」の名のもとに
いろんな教育が始まった。列記してみよう。

「環境教育」「情報教育」「福祉教育」「国際理解教育」「性教育」
「食育」「防犯安全教育」「いのちの教育」「防災教育」「英語教育」

世の有識者は子ども時代にしっかり教えることが重要だと力説し、
学校は世の中の要望に応えてきた。

これが学校の多忙の一端だ。世の中が複雑になり問題が噴出して、
解決には子ども時代の早期教育が必要と学校に降ろされている。

もはや時間的にも学校が受け入れる枠組みを見直す時期に来ている。
学校の満腹状態は、そろそろ消化不良の下痢寸前まで来ているようだ。


小学校のすべての子に、読むこと、書くこと、計算すること、考えることの、
基礎能力はどこで育むのか。
これは学校の中核的な問題で、保護者と一緒に考えてもらいたいものだ。












山形不登校指南<10>





   中学卒業したら相談場所はない



現在、不登校になってから小中学校とトラブルになっている保護者は
少なくないと思われます。

学校には山ほど言いたいことがある。
学校のいじめで不登校になったのは学校の責任だ。
担任を変えてほしい。
などの保護者の声が今もあちこちから聞こえそうです。

学校という相手があって、申し入れがあればきちんというべきです。
それで不登校解消につながれば最高です。
特に、義務教育では小中学校は子どもを指導する責任がありますので、
保護者からの申し入れには聞く耳を持っています。


しかし、それは中学校までと考えていた方がいいでしょう。
中学を卒業すると、もうどこにも相談がなくなります。
いくら言いたいことがあっても、その申し出を受け止める機関がなく
なるのです。

このことに早く気づいてもらいたいです。
いくら学校を恨んでも、どうしようもなくなるのが目に見えています。

中学とは有限の時間の付き合いです。
学校の都合で終わりになります。(制度上3年在籍すれば卒業)
子どもの都合が入る余地はありません。

不登校の子どもは、中学校卒業後も手助けが必要です。
卒業後も子どもの支援を受けられる、相談者や支援団体を探しておくのも
無駄ではありません。











若い教師のたまり場

庭映え



   かつて、山間地は若い教師でにぎわった


最上地方の村おこしの施設(元分校)が火災。廃校になった分校の活用が
話題になりにぎわっていたようだが、火災に遭って一年越しで再開を断念
したニュースがあった。村の火が消えるような思いだっただろう。

今は新しく教員になるとほとんど比較的大きな学校に勤務するが、
1970年代ころまでは、新人教師は山間へき地の学校に勤めた。

4月になると新人の若い教師を迎え、地域と学校は華やぐ。学校の人事
異動は、地域の活性化に一役買っていた。若い教師は文化の伝道師だ。

新人教師たちは先輩の話に耳を傾け、早く一人前の教師になろうと、保護
者や地域の人とのつき合い方を学んだ。庄内のO地区、西置賜のN地区、
最上のH地区は、若い教師が大量に配置されとてもうらやましかったものだ。


そこは若い教師の出会う場所で有名であった。
昔は交通の便が悪く、冬になると陸の孤島である。教員宿舎があり、ほか
に出かける場所もない。授業が終われば生徒とかかわったり、自分の時
間が持てたり、仕事があまりなかったおおらかな時代だ。

管理職の校長と教頭以外はみんな若者だった。若い教師たちはお互い朝
から晩までのお付き合いになる。結果として、カップルができる確率が相当
大きかったようだ。

教師はどちらかというと自宅と学校の往復の人が多いので、異性と出会う
場所がどうしても学校が唯一の場所になり、職場結婚が多いのかもしれない。

かつては山間へき地にも青年たちが大勢住んでいて、教師と青年たちが活
動を共にする中で意気投合し、その地に根ざすことになった青年教師たちも
たくさんいたようだ。その後はほとんど地域のリーダーになっていたと聞く。

山間地は道路がよくなり、教師も自家用車で通うようになって、学校職員
と地域の密着度が急激に薄くなった。

時代の流れが速く、今は見る影もない。









学校に無理して行くな

東吠え



  学校は無理して行くところではない



毎年、休み明けに命を絶つ中学生の話題がマスコミに登場します。
もうこんなことはやめにしたいものです。

分析したり、コメントしたり、
子どもをさらし者にするのはもうやめてほしいです。
涙がいくらあっても足りなくなるからです。

学校が謝ろうが、教育委員会が謝罪しようが、第三者委員会が
立ち上がろうが、子どもの命はもう帰りません。
そこには無力しかないのです。


「学校に無理していくことはない。」
これが子どもを救う強烈な一言です。

自ら命を絶つような子どもを出さないためには、繰り返しますが
「学校に無理していくことはない。」

親の毅然とした態度が絶対必要です。
親が後悔しないための大事な一言です。


学校には、なじめない学級、顔を合わせたくない級友、話もした
くない担任、見るのも嫌な部活の顧問と子どもにとってもろもろの
壁があります。

子どもはこれまでもがき苦しんできたのでしょう。
信頼できる大人に出会わなかったことも重なって、この不幸から
抜け出すことができなかったのでしょう。
あまりにも悲しすぎます。


先に命を絶った中学生の死を無駄にしないために
声を大にして言いたいのです。

「つらいだけの学校には絶対行くな。」








山形不登校指南<9>

秋迎え



    子どもの「ハレとケ」


いよいよ今週から学校が始まります。
これまでの夏休みは、少し長いが子どもにとって「ハレ」の日でした。
非日常の世界です。

これから毎日、子どもとしての日常、「ケ」の日の始まりです。
子どもにとって重く、苦しい日々のくらしが待っています。

夏休み明けの状態は、休み中のくらしの結果が表れているだけです。
休みに入り負担が軽くなっただけで、何らかの働きかけがなければ
子どもの成長は見られません。ただ、元の不登校状態に戻っただけです。

 ・休み中に親子関係が密になったのかな。
 ・子どもとたくさん話し合いができたのかな。
 ・子どものやりたいことが少しでもやれたのかなか。

親から子へ、もし本当にいずれかの働きかけがあったら、
子どもは変化を起こすでしょう。


夏休みが終わり、中3の修学旅行を実施する地区があります。
修学旅行には病気でない限り不登校生は行ってもらいたいものです。

別に理由はありません。事前学習には参加しなくても、ぜひ実施当日参加
させたいものです。だから、学校は出発時刻ぎりぎりまで待ってほしいです。

不登校生にとって修学旅行はハレの日です。余計なことをしなければ、
非日常なので行けるのです。その時だけはがんばれます。

下手な理屈を言わないで、子どもたちの背中を強く押してもらいたいです。
そして、教師は子どもと行動を共にして、しっかり子どもを守ってほしいですね。


くれぐれも、修学旅行に行ったから、今度は学校に行けるだろうと思わない
でください。その期待感には親と教師の失望しかありませんので。

子どもの「ハレとケ」を知ると、見えてくるものがあります。














脱夏休み宿題


夏のおさらい帳



    夏休みの宿題は、終わりにしよう



夏休み明けが近づいてきた。
知人の子の小学生は、あと数日で学校が始まるが宿題の三分の二が
終わっていないという。

楽しかった日々もこれからの数日は地獄の日々となる。
自業自得といえば、経験者は納得いくだろう。
かつては、おさらい帳によだれをいっぱいつけて持ってきた子がいたも
のだ。どんなに眠かったろうか。

この宿題の多さが不登校の引き金になったりする。
新しい不登校の出現である。
統計にはあまり出ないが、これも結構多いような気がする。

山形から夏休みに宿題がなくなればどうなるのか。
山形の子どもたちはみんな能力が低くなるというのだろうか。

宿題を出す教師たちも、深く考えて宿題を出しているとは思えない。
学校現場が慣例的に出しているような気がする。
子どもの本当の学びにつながればいいだが。

昔は教師がていねいにおさらい帳に丸を付け最後にコメントを書いた。
いまは解答付きのテキストを渡し親が〇付けをする。
これはどう見ても親の負担で、親にとって意味ある作業とは思えない。


私の手元に、昭和29年発行の小学校1年生の「なつやすみ」という
おさらい帳がある。母が残しておいてくれたものだ。

表紙には金賞の札がついている。
ていねいに教師の赤丸がついている。
当時クラスには50人はいたと思う。
1人1人にこのような作業をしたかつての教師たちに敬意を表したい。

最後のページに、母と担任のコメントが残っている。
子どものくらしへの気づきと宿題への気づきの意見だ。

母「学校生活から解放されてたまらなくうれしく朝から晩まで夢中で
  遊びまわる子どもに毎日少時間でも机に向かわせることは難事
  です。七歳ではこれも当然かと苦笑するばかりです。」

母「絵日記は1年生にとって少し難事と考えられます。上手下手の
  問題ではなく、絵と文の一致は3年生くらいからでは如何でしょう
  か。」

担任「絵を主にし簡単な文を要求しましたが、少し難しかったかも
    しれません。」


日本の教育制度を変え、6月で学年終了して、9月新年度始まり
にすれば諸問題(夏の暑さ問題、宿題問題、国際標準化問題)は
かなり改善できるのではないだろうか。














車社会(モータリゼーション)

仲間だち



   車はどこへ行く



バスが陸から湖の中に静かに入っていく。
水陸両用の観光バスだ。
長井市にできたダムの湖面をゆっくり進んでいる。快適そうだ。

軍事用の機能が民間用に転用されたのだろうか。
テレビや映画の世界の車がどんどん実用化されていきそうだ。
夢物語のようなものが、現実のものとなってきた。


父は戦前から自動車関係の仕事をしていたので、小さい時から車に触れ
てきた。ジープ、スクーター、棒ハンドルの三輪車、トラック。
アメリカの外車フォード車にも乗った。昭和の30年代だ。

フォード車は助手席で正座しても前のダッシュボードが高く外が見えなか
った。日本車に比べ、あまりの室内の広さにびっくりした。格段の違いだ。

スクーターは医者など高所得者の乗り物だった。スクーターを購入した人
たちが会をつくり、遠乗り会と称して隊列を組んで誇らしげに隣県などに
旅行した。後方にはジープに乗った修理部隊がいたので、参加した
皆さんは安心して運転したようだった。県内の道路はまだ舗装されては
いない、どこも砂利道だ。

当時の若い兄さんたちは、それをうらやましがってみていた。
今に見ていろと、金持ちになって、車を買って、彼女を射止めたい。
こんな青年たちが日本中にごろごろいて、経済は右肩上がりに発展した
のだろう。ついに車社会の到来だ。

高度成長が進行して、給料の上昇と共に車が手に入る時代になった。
若い人はローンを組めるようになって、ますます車に惹かれていった。

あれから50年。
老若男女、誰でも車に乗れる時代になった。特に女性の車所有と運転は
前時代では考えられない大変画期的な出来事だった。いい時代だ。

最近では高齢者の事故が増え、障害物があれば自動ブレーキが作動し
て停止する車が出ている。

高速道路や一方通行道路を逆走する車が話題になるが、人間の機能が
マヒしていても安全に対応する車を発明して、事故を未然に防いでもらい
たいものだ。

昔の夢が一つ一つ実現する時代になった。







  



山形県の不登校事情

強香一花



  不登校はなくならない不思議!


いったいなぜ不登校はなくならないのでしょう。

これはとても根が深い問題です。
一見、子どもや親に問題があるように見えます。

同じような状況でも、不登校になる子とならない子がいます。
始めのころは特定の子が不登校になるいわれていました。
教師たちはそれをまったく疑いませんでした。

今は不登校が増加しています。
誰にでも起こりうる現象だと文科省はいい始めました。


中学校の不登校は、じわりじわりと拡大を続けています。
それに伴って、小学生、高校生の不登校も増加の一途をたどってます。

現在、山形県は小中高等学校の不登校生徒は
毎年1500人前後で推移しています。


しかし、なぜ不登校は起こるのかという話になると、
全く解明ができていません。
つまり手立てがわからない状態で不登校対応が始まっています。

今も昔ながらの担任対応をしている学校が大半です。
長年どの学校にも不登校はいるのに、
専門スタッフがいないことが大問題なのです。


不登校がなくならないのには、根本的なそれなりの理由があります。

 ・社会の変化に適応できない家庭、学校の問題。

 ・本人の育つ環境が本人と合っていない問題。

 ・学級の担任、クラスメートの問題

 ・本人の気質、性格の問題等

これらの問題が単独に不登校を引き起こしているのではなく、
問題同士が複雑に絡み合ってると考えられます。
不登校はそう単純ではありません。

山形県内では、不登校を相談する場所があまりにも少ないのです。
私が知る限り、山形市内の不登校相談場所は、公的機関が1か所、民間
が4か所で、医療機関や心理教室の数はわかりません。

ネットで見ると個人的な相談場所もあるようです。
相談は相談員と本人の相性が何よりも大事です。

その他の相談場所としては、占い師や祈祷師も相談場所になっています。
苦しい時の神頼みですが、山形は根強い人気です。

親の気持ちを考えると、古くから伝わるこの種の相談も、
大事と考えるべきでしょう。


親が相談者を決めるときは、何年も継続して相談を受けられるか,
そのような団体かどうか考えてほしいと思います。

一時の気休めのための相談なら、子どものためになりません。
不登校解決には、長期間の忍耐強い取り組みが欠かせないからです。
そこはきちんと確かめた方がいいでしょう。

やわらかい言葉で、心安らぐ甘い言葉には、くれぐれもご注意下さい。。













山形不登校指南<8>

雨上がり



  おじさん、おばさんは耳を傾けよう


今はお盆の真っただ中。県外ナンバーが町中を走っています。
山形からどんな縁があって、こんな遠いところに行ったのかなと。
どんな遠くからでも車で往来できるいい時代になったものです。

親が生きている限り毎年来るおじさんとおばさんたち。
三世代同居の不登校にとって、おじさんやおばさんは厄介な存在です。

不登校の子から、おじさんおばさんが来てくれてよかったという話は
聞きません。親と変わらない言動に、うんざりしているといいます。


自分の子の不登校はだれしも知られたくないのは親心です。
どんな理由があれ、みんなと一緒にできないことは親の恥という思い
があります。世間の目を気にすることは親として当然です。

親戚の集まるお盆の季節は、不登校の子はとてもつらいようです。
子どもの話によると、親戚の集まりには顔を出すが、自分に話が来
ないように祈っているといいます。もし聞かれたらあいまいな返事
をするしかないようです。

核家族の場合は、不登校の子は親の実家に出かけないだけです。
不在の理由は親が言ってくれるから安心です。


不登校の子どものおじさんやおばさんに伝えたい。
「子どもたちは好き好んで不登校になっているわけではありません。」

やたら追いつめる言動は控えてほしいです。その子の立場になって何が
苦しいのかイメージしてください。子どもの親の兄弟が、子どもの敵になるか
味方になるかの分かれ道が、お盆のトキになります。

おじさん、おばさんの理屈は脇に置いといて、子どもの話にしっかり耳を
傾けてほしいです。子どもの話を黙って聞いていられれば、それは立派
な大人です。それだけで子どもたちはどれほど勇気づけられるでしょう。

子どもの尊敬に値するおじさん、おばさんにぜひなってください。
子どもの力になるおじさん、おばさんに変身することを期待しています。













プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント