FC2ブログ

若い教師のたまり場

庭映え



   かつて、山間地は若い教師でにぎわった


最上地方の村おこしの施設(元分校)が火災。廃校になった分校の活用が
話題になりにぎわっていたようだが、火災に遭って一年越しで再開を断念
したニュースがあった。村の火が消えるような思いだっただろう。

今は新しく教員になるとほとんど比較的大きな学校に勤務するが、
1970年代ころまでは、新人教師は山間へき地の学校に勤めた。

4月になると新人の若い教師を迎え、地域と学校は華やぐ。学校の人事
異動は、地域の活性化に一役買っていた。若い教師は文化の伝道師だ。

新人教師たちは先輩の話に耳を傾け、早く一人前の教師になろうと、保護
者や地域の人とのつき合い方を学んだ。庄内のO地区、西置賜のN地区、
最上のH地区は、若い教師が大量に配置されとてもうらやましかったものだ。


そこは若い教師の出会う場所で有名であった。
昔は交通の便が悪く、冬になると陸の孤島である。教員宿舎があり、ほか
に出かける場所もない。授業が終われば生徒とかかわったり、自分の時
間が持てたり、仕事があまりなかったおおらかな時代だ。

管理職の校長と教頭以外はみんな若者だった。若い教師たちはお互い朝
から晩までのお付き合いになる。結果として、カップルができる確率が相当
大きかったようだ。

教師はどちらかというと自宅と学校の往復の人が多いので、異性と出会う
場所がどうしても学校が唯一の場所になり、職場結婚が多いのかもしれない。

かつては山間へき地にも青年たちが大勢住んでいて、教師と青年たちが活
動を共にする中で意気投合し、その地に根ざすことになった青年教師たちも
たくさんいたようだ。その後はほとんど地域のリーダーになっていたと聞く。

山間地は道路がよくなり、教師も自家用車で通うようになって、学校職員
と地域の密着度が急激に薄くなった。

時代の流れが速く、今は見る影もない。









スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント