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山形不登校指南<122>

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   休むきっかけは将来に大きな意味


不登校、ひきこもりには休むきっかけがあります。

級友、先輩によるいじめ。
教師による叱責。
学習の遅れ。

能力と仕事のミスマッチ。
仕事上のトラブル。
上司によるパワハラ。

これらの出来事を通して、恐怖感、嫌悪感、拒否感が生まれます。
最終的には自己否定感が強くなり、長期のひきこもりに入ります。

家庭内のさまざまな条件によって精神状態が回復してきます。
家庭から社会(学校)へのかかわりは大きな課題です。
そのために社会にはいろんなしくみが準備されています。

〇学習支援のしくみ。
〇就労支援のしくみ。
〇フリースペース等の居場所のしくみ。

かつてから見るとさまざまな社会資源が用意されています。
これらの資源を活用しない手はありません。
社会資源の活用には、本人の休むきっかけをを理解しなければなりません。

人間関係でつまずいた人。
勉強でつまずいた人。
仕事でつまずいた人。

当面のことですが、
勉強でつまずいた人に学習支援は厳しいです。
仕事でつまずいた人に就労支援の働きかけは厳しいです。











山形不登校指南<121>

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   家族だけでは煮詰まります


不登校、ひきこもりの困難さは、家族だけでは解決できないことです。
他人の力を借りなければ必ずといっていいほど煮詰まってしまいます。

不登校傾向の生徒が10人いるとしましょう。
フリースクールや相談教室には何人くらい行くと思いますか。
せいぜい1人か2人でしょう。

学校に行ける人(教室には入れない)は何人いるでしょうか。
やはり2~3人どまりですね。(実態は各校によって異なります。)

残りの皆さんはほとんど家庭にひきこもっています。
これが不登校を長引かせる原因にもなっています。


家庭に変化がなければなかなか不登校状態は改善がなりません。
外部の手助けとつながることは、解決の糸口になります。

家庭に第三者がかかわることによって家庭内に風穴があきます。
家族全体が新しい空気を吸うことによって新しい何かが生まれます。

それは本人が一番敏感に感じることになります。
意を決して外部とつながってみませんか。











山形不登校指南<120>

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   人は困難を抱えて生きてきた


連日のように高齢者運転の事故が続いています。
ひきこもりらしかった人関連の殺人事件が連続しておきました。
子どもが親から殺されました。

車社会の世の中ですので車がなくなったら生活に困る人が続出します。
ひきこもりの人は危ない人だという誰が言ったか不明な風評を恐れます。
無力な子どもを殺す親をだれが育てたのでしょうか。

歴史をふりかえると困難のなかった時代はありませんでした。

食料がなかった。
病気がはやった。
戦いがあった。
支配者がいて服従させられた。

今は人が人らしく生きていくことが当たり前の時代に進んでいます。
先人が困難をふりはらいながら突き進んでくれました。

人には誰でも困難をのりこえ生き抜く力は備わっています。
私はそれを信じています。











山形不登校指南<119>

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  教師に絶対やめてほしいこと


教師の行動で不登校になった子どもたちがいます。
教師への怒りで体が震えてもどうしようもない自分を感じます。

とくに中学2年時代は感受性が強くものごとに敏感な時代です。
友人はじめ周囲の目がとても気になる年頃です。

教師は気づかないうち子どもを傷つけることがあります。
それは行事等で大勢の子どもたちが集まるときのことです。

それはみんなの前で恥をかかせる行為です。
教師のその一つの行為が不登校への引き金になります。

全体の中で特定の子への注意、叱責、指導。

子どもにとってこれほど恥ずかしいことはありません。
呼び出して注意をすることには本人も納得します。
しかし、公衆の面前での教師のこのような行為には怒りが生じます。

昔の男子中学生ならば、理不尽な叱られ方をした子どもたちは、
教師を呼び出して殴ることもありました。

若い教師たちにはこのような経験がありませんので、
自分の指導や行為には自信をもっています。

私は言いたいのです。
みんなの前で子どもに恥をかかせてはいけない。
中学教師はこのことを心の中に収めてほしいと願っています。






  





山形不登校指南<118>

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   「校内フリースクール」の出現


先日のNHK「不登校」特集番組で、「校内フリースクール」ということばにであいました。  
このことばに少々とまどいを覚えました。

通常、「フリースクール」は民間の子どもたちの居場所・学習の場をさします。
公立学校内にフリースクールを設置するという発想は意外でした。

だいたいの中学校には不登校専用の別室といわれるところが準備してあります。
教師たちは順番に空き時間などを利用して子どもの世話をしますこどもをきょうしつ。
現実的には子どもだけいるということが多いかもしれません。

番組の「校内フリースクール」(教室の名称あり)には、担当専任教師がいました。
さまざまな理由で教室に入れない子のための教室、学級です。
これはとても新しい発想です。

普通、教室に入れない子は次第に自学級から疎遠になります。
そのような子にとって受け入れてくれる人や場所があることは救いになります。


その子が悩み訴えていることは何か。
その子にとって今何が必要なのか。
学校として何ができるか。>模索は続いていましたが相当な前進です。

教室に入れない子すべての子の受け皿になることは困難ですが、
現状を改善する一歩にはなっていると感じました。