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山形不登校指南<25>





     学校の不登校対応格差



子どもが不登校になると、学校とのかかわりが多くなります。

普段から子どもが活躍して学校と関係のある保護者はごく一部です。
大部分の保護者は学校とあまりかかわりがないのが普通です。


では、子どもが通っている学校をだいたいチェックしてみましょう。

◇学校に不登校相談窓口はありますか。(いつも同jiじ職員ですか。)
  
   ・担任、学年主任、教頭(校長)、教育相談担当、スクールカウンセラー、
   養護教諭(保健の先生)、その他の職員

◇子どもへの配慮はどうですか。(本当に子どものことを思ってくれますか。)
 
  @学校に子どもが安心できる居場所がありますか。(ある、ない) 
  
  @学校の居場所で常時子どもと接する職員がいますか。(いる、いない)

  @学習を配慮してもらえますか。

◇部活の配慮はどうなっていますか。
 
  @部活のみの活動にも応じてもらえますか。

◇学校への要望や不満は遠慮なくいっても聞いてもらえますか。


不登校の保護者の見方で学校を見てみると、学校によってかなりの
対応の差がみられます。どうしてでしょうか。

それは簡単にいえば校長の考え方による違いです。不登校に理解を
示す校長は、きめ細かい対応を学校仕組みの中に整えています。

中学校では不登校に対応する形は三つあります。

一つは担任中心です。これはすでに古典的な対応の仕方です。
担任に負担がかかります。ほかの子どものことも気がかりで、
過労で休みに入る例があります。

二つ目は、学年中心の対応です。学年メンバーはいつもまとまって
いるので動きやすい特徴があります。学年主任の方針で動くことが多く
主任と担任が同じ考え、同じ歩調になると力を発揮します。

三つ目は、担任、学年、関係職員がチームを組んで対応します。
不登校生徒や保護者と直接かかわれる人数が多いほど効果が出ます。
チームを組んで対応に当たるのはとても理想的です。

教育相談チームは学年教師に限りません。会議をしたりする時間が
うまく取れない話を聞きます。中学校の多忙とどう両立するのか、
ここに学校差が生まれてきます。

最近は養護教諭がチームのリーダーになるケースもあり、保護者の
前面に出てくる例がみられます。学校も変わってきました。

不登校対応の仕組みができて、チームで動いているように見えますが、
チームを動かすリーダーの力量が個々の不登校解決を左右します。
チームが機能すればかなりいい結果が生まれます。


上記のように学校には不登校に対する考え方や対応の違いがみられます。
保護者が学校への要望を遠慮なくいえる関係がとても大事です。
学校と積極的にかかわっていきましょう。

保護者の皆さんが話しやすく、子どものことを思ってくれる学校職員が大勢
いることが、子どもの不登校状態を改善していくものと考えています。

  

 












6歳入学の意味






     小学校6歳入学はどうしてかな



10月のこの時期はどの小学校でも就学時健康診断をやっています。
子どもたちは緊張しながらお母さんやお父さんや祖父母の皆さんの
手に引かれて学校にきます。

学校では主に5、6年生がお手伝いをします。子どもは内科診察から
始まって、身体各部の検査があり、保護者は最後に診断結果を学校
担当者から報告を受けます。

診察結果から継続的に治療をしたり、特別な支援を受けたりするように
なります。親から子どもの相談をすることもできます。

その間、保護者の皆さんは、学校から入学時の説明を受けたり、
教育や子育ての講演を聞いたりします。


では一体なぜ義務教育が6歳から始まるのでしょうか。これは誰もあまり
考えません。6歳になれば学校だよと教えられてきただけですから。

じつは世界の国々ではだいたいこの年齢、6歳で小学校に入学します。
理由は次のように言われています。

  ・集団行動ができるようになること。

  ・落ち着きがみられること。

  ・身の回りのことが一人でできるようになること。(身辺自立)

  ・言葉によるコミュニケーションができるようになること。

  ・ルールの意味がわかるようになること。

このようなことを前提にして、小学校普通学級は組み立てられています。
これは子どもの平均的な成長の段階をもとにして考えられています。


小学校という小さな社会で、自分なりの社会生活できるのが6歳なのです。
6歳が社会デビューの第一歩です。












山形不登校指南<24>

気品



     不登校が始まった保護者を応援



初めて子どもが長期欠席になると
 ・子どもの体や頭に異常はないか。(子どもは身体の異常を訴える)
 ・学校に問題はないか。
 ・友だちからいじめを受けていないか。
親は思いめぐらします。

親は気が動転して考えがまとまりません。
ひたすら何とかしなくてはという気持ちになり焦ります。
それは親として当然のことです。

親がこれまで受けた教育に、学校に行かなくていいという選択肢が
ないからです。子どもの欠席は悪事に見えてきます。
周囲からの同調圧力が強まり、みんなと一緒にできない子どもを
次第に否定的に見てしまいます。子どものよさはそこで吹っ飛びます。


不登校の入りかけは、相談に行く先々の説明はよく飲み込めません。
これまでいろんなところで不登校の話を聞いていても、自分の子には
関係ないだろうと思っていたのでしょう。

ところが自分の子が不登校になってはじめて不登校を実感します。
それまでは不登校をよく呑み込めていないのが普通です。

不登校関係の本を読んだり、ネットを見たりしても、目の前の子どもに
対して有効な手立てが見つかりません。

いつも心の中は、
  ・どうして我が子はこんなことになったのか。
  ・これからどうなっていくのか。
  ・どうしたらいいかわからないのに何で親は責められるのか。
不安だらけで頭がいっぱいになります。

これは不登校の親がみんな経験していることで、誰もが通る道です。
目の前に起きていることが何が何だかわからないのが実情です。


このような時にはベテラン保護者の話を聞くことがとても参考になります。
経験を積んだ親は、後に続く保護者が語ることをとてもよく理解できます。
そして失敗もよく見えるのです。

それはあたかも小学6年の子どもが、小学1年の問題が手に取るように
わかるのと同じです。

今まさに子どもと戦い、教師と戦い、家族と戦っている親は、無我夢中の
闘いを強いられています。これがいつまで続くのか不安ばかりです。

不登校には特効薬はありません。
不登校になってしまったら、じっくり構えて時間をかけて取り組むしか
ないのです。この心境になるまで相当の時間がかかるでしょう。

ここはこれまで不登校の子とあゆみ、自分の生き方を反省しながら
歩んできた先輩保護者の話を聞いて、対応の知恵を習得していくほかは
ありません。成功と失敗の繰り返しの経験はとても心強く感じます。

話を聞いているうちに次第に不登校とは何かがわかってくるのです。
経験の交流こそが、不登校に対する最大の解決策です。

ひと通り不登校がなんであるかわかったら、いよいよ子どもと向き合って
今できることは何か、子どもと一緒に考えていくことになります。
ここからが不登校に向き合う本当のスタートです。

先輩の話を聞くことは
 ①腹のくくり方を学びます。
 ②子どもと一緒にやれることを知ることができます。

ぜひ各地にある親の会に参加して、親も子も成長してみませんか。












山形不登校指南<23>

遊具の夜明け



     不登校の子が聞きたくない言葉



10月になると中学校の不登校は急に増えてきます。
とくに中学2年生に多く出現します。

理由はわかりません。
その年齢の心身の成長と関係があるのでしょう。

不登校(完全に家から出ない状態)当初、家の中の騒動には一定の
パターンがあります。それは激しい言葉のやり取りです。


「学校に行かないでどうするの!」
「勉強しないでどうするつもり!」
「将来、どうして生きていくの!」

このようなの家の人の言葉に、激高する子どもは少なくありません。

「学校のこと」「勉強のこと」「将来のこと」
この三つの言葉は、不登校の子どもたちが最も聞きたくない言葉です。

この三つの言葉に子どもは鋭く反応してきます。
それは人から言われたくない言葉だからです。

ところが、毎日のように親はこの言葉を連発します。
親は事実なので繰り返しこの言葉を子どもに浴びせてしまいます。
親としては当然のことです。

子どもはますますエキサイトしてきます。
きつい言葉で反応し、さらに体全体で反応していきます。

三世代同居なら三つの言葉は大きくなっていきます。
これが不登校の不幸の始まりです。
最後に、子どもは次第に心を閉じ無口になって行きます。


あるとき、不登校の祖父と名乗る方からの相談がありました。
めんごい孫が、名学校に行かなくなってだんだんあいさつのしなくなり、
何も話しなくなったのです。どうすればいいですかという相談です。

最近の子どもの家庭生活の様子を伺いました。
これまでの祖父母との関係も聞きました。
孫さんとはとても良好な関係で、子どもは尊敬していたようでした。

そこで尋ねました。
「孫さんに、『なんで学校に行かないの』とか、
『勉強しないでどうするの』とか、
『学校に行かないで将来どうするんだ』とか、言ってませんか。」

そうしたら、
「心配で心配で、毎日言ってます。」
孫さんへの心配感がとても伝わってきました。
同居している祖父母としては当然の言葉かけです。

私はアドバイスしました。
「やさしいお爺さんですね。孫さんは今とても苦しんでいます。学校のこと、
勉強のこと、将来のこと、この三つのことを今は言わないでください。
孫さんに一週間言わなかったら、まためんごが戻りますから。」と。

一週間後にまた連絡が来ました。
「先生、孫があいさつするようになりました。!」
とても弾んでいる声でした。


不登校初期、タブーとなるこの三つの言葉。
子どもが一番わかっているのです。
保護者の皆さん、子どもを信じてください。










学校と酒屋さん

山形県高畠町銘酒「錦爛」



     飲んべえ先生がいましたね



かつて小学校は地域の文化拠点でした。
学校には家庭にはない新しくて珍しいものがたくさんありました。
これも子どもたちをひきつけた理由かもしれません。


創立から100年以上過ぎている郡部の学校に行くと、必ずあるものが
目につきます。それは、校門近くにあるいは学校近くにはかならずと
いっていいほど酒屋さんがあることです。

バスの停留所が近くにあり、自家用車のない時代には、お酒の好きな
先生はバスが来るまでお酒を飲んで時間をつぶしていたこともあった
のでしょう。

学校にはたくさんの行事がありました。毎回打ち上げもやりました。
学校にはお酒はつきものでした。

学校には礼法室(裁縫室)という畳の部屋がありました。そこの
押し入れには、宴会の準備に必要な湯飲み茶わん、長テーブル、
花瓶、座布団などが置いてありました。学校の宴会の準備は、
女の先生か若い先生たちでした。

お酒はもちろん近くの酒屋さんです。
酒屋さんでは、年間通して学校から注文がありますので、学校が
注文する前から準備をしておくのが普通だったようです。
注文するとすぐに配達してくれました。


今では酒屋の看板だけ残っているところも少なくありません。
学校と共に歩んだ酒屋さん。ありがとう。

卒業した小学校を思い出してみませんか。
学校近くにはお酒屋さんはありませんでしたか。













プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
お気軽にご相談ください。

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