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映画「学校」の荒川九中見学

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  「こんばんは」、心地よいひびき



都電荒川線のチンチン電車に乗って、荒川区立第九中学校にやってきました。
全国夜間中学校研究大会初日の最後のメニューは学校見学です。

不慣れな電車に乗り、何とか学校についたときはホッとしました。
緊張していたせいかどうも裏門から入ってしまったようです。

生徒たちの元気な「こんにちは」のあいさつが続き、
ああいい学校だなと思いながら校内に進んでいきました。

グランドに出たら軟式テニス部の生徒が練習を始めたばかりで準備運動中でした。
顧問の先生が玄関わきでやさしいアドバイスをしながら見守っていました。

顧問の先生と話すことができました。
新人戦のことや生徒減少の話を聞きながら、都会でも少子化の波を理解しました。


玄関を入りました。3階が夜間中学です。
控室は職員室の廊下を挟んで向かい側で、
生徒の皆さんが給食を食べる場所でした。

生徒たちがやってきました。
「こんばんは」明るい声が聞こえます。
職員室に「こんばんは」とあいさつして入り、指名板を裏返しにしていました。

すると先生が大きな声で「こんばんは」と応え、簡単な会話が始まりました。
聞こえてきたのは生徒の体調や仕事のことのようでした。
ああ、これが夜間中学かと思えるような光景でした。

私が控室からトイレに行こうと廊下に出た時、
向こうからやってきた二人の男子青年生徒が笑顔で「こんばんは」と。

私は思わず、「おばんです」と山形弁で返してしまいました。
生徒たちがどんな顔をしたか見えませんでした。


生徒と教師が一室に全員集合して1日が始まる場面を参観しました。
映画「学校」の時代とは違い、出席者はほとんど青年たちでした。

黒板の前に立って話をする人は、全員「こんばんは」のあいさつで始まります。
もちろん席についている生徒は「こんばんは」と返します。

夜間中学のシンボル「こんばんは」は、お互い気持ちが通い合う原点のようです。

ここに勤務したことのあるSさんから、学校のお宝をを紹介していただきました。

とても狭いエリアの夜間学級ですが、夜間時程をつげる鐘、支援者からのお手紙、
努力した卒業生の証、みんなでいつも歌い続けている歌詞、生徒の活躍記事、
生徒の作品、山田洋二監督や西田敏行さんの色紙などなど。

1時限の最初の場面を参観して帰路につきました。
先生方の笑顔と生徒たちの真剣な顔がよみがえりました。
実にさわやかな一日となりました。

帰りの都電荒川のチンチン電車は、一段と風情を感じました。


荒川九中のホームページ夜間学級には、次のような心にひびく文言がありました。

学校はおもしろいところです
学校は何でも教えてもらうところです
学校はちょっぴりつかれるところです
学校は先生が親切です
学校は一番いいところです
学校は夢があるところです
学校は宝ものがあるところです
学校は勇気つけられるところです
学校はわたしたちのふるさとになるところです












全国夜間中学校研究大会

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    全国全県に夜間中学を1校つくる本気度



不登校を本気で受け入れると語る文部科学省、自治体、公立夜間中学の方々。
意気込みはとても強く伝わってきましたが、不登校部分ではちょっと違和感を感じました。

夜間中学校の必要性を体感できた2日間でした。

11月29日、30日の両日に東京荒川で開催された

全国夜間中学校研究大会

に飛び込みで参加してきました。

夜間中学校の歴史は古く、戦後すぐに始まりました。
対象は戦前・戦中・戦後の混乱の中で、義務教育を受けられなかった人たちです。

日本人、在日韓国朝鮮人、中国残留孤児の方々が対象でした。
その後、日本にやってきた外国籍の人々に変化してきました。

そして現在は、
ようやく不登校できちんと教育を受けなかった人が対象
になりました。


知ることは人生を豊かにすること

学ぶことは人を幸せにすること


夜間中学で多くの方が学び、ほとんどの人が実感したことです。

この活動をしてきた方々は、これまでは根拠になる法律がなく、
いろいろ困難を抱えながら、あらゆる人たちの学びを保障してきました。


2016年に「義務教育機会確保法」という法律ができました。

不登校になって義務教育を十分に受けられなかった人は、

大人になっても義務教育を受ける権利があることがはっきりしました。

しかし、法律ができたからといって対象者がバラ色の人生になるわけではありません。


近年、東北にも自主夜間中学ができました。
福島は2010年から、仙台は2017年から始まりました。
でも、まだまだ多くの市民に認知されておりません。

山形では産声すら上がっていない現状です。

法律先行で、実体のないところに夜間中学の話題が出たというのが、
山形や多くの自治体の実態のようです。

日本に住む人々に義務教育を保障するという国の方針は大歓迎です。


教育は人間になるための必要な条件です。

不登校になって義務教育をしっかり受けられなかった人は、

大人になっても義務教育を受ける権利が定められました。

つまり、学び直しができることができるようになりました。



ぜひ多くの皆さんとともに、夜間中学校をつくる取り組みを通して、
山形にも新しい教育の流れをつくっていきたいと考えています。

山形にも夜間中学の産声を上げる必要がある

と感じた2日間でした。












山形不登校指南<45>

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      生まれてくれてありがとう



子どもは生まれてからさまざまなことを身につけてきました。 

子どもが生まれる時のことを思い出して下さい。

母親のおなかが日に日に大きくなり、
おなかで動き出した胎児に、いとおしさを感じたに違いありません。

おなかの中に声をかけたり、丈夫で元気な子どもであってほしいと、
どんなにお願いしたことでしょう。
家族みんな同じ気持ちではなかったでしょうか。

母親に陣痛が走り、周囲はひたすら母と子の無事を願い、
子どもが元気にこの世にうまれることをひたすら願ったことでしょう。

子どもがこの世に出生したとき、


元気にうまれてくれてありがとう

それだけでうれしい


子どもがこの世に生まれただけで、幸せを感じたに違いありません。
それほど子どもの存在は大きかったのです。
 

子どもが成長するにつれて、しだい身につけるものが多くなっていきました。
中には自分の首を絞めるものまで、身につけてきたかもしれません。

自分で身につけたものなら、自分で取り外すことができます。
しかし、人から身につけられたものは容易にはがすことはできません。


不登校の子が自分に目覚めたとき(思春期)、

怒り、残念さ、躊躇、あきらめ、とまどい

を感じる時があります。

こんな時は親は子どもの思いに耳を傾けて下さい。


成長した子どもは、過去を何とかしようともがきます。
過去は誰にも変えることはできません。
子どもは過去を変えたい気持ちにあふれます。

こんなとき、親は子どもが生まれた時のことを思い出してほしいのです。


元気に生まれてくれてありがとう

それだけでうれしい


親はここまでさかのぼり、子どもの今を受け入れ

止まっている子育ての歯車をもう一度回しはじめてはどうでしょうか。
 














山形不登校指南<44>

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      親子の間合い



親子は身近にくらしていたも気づかないことが多いものです。
親子関係で親の思いと成長する子どもの感情に相当のへだたりがあります。

特に母親は子どものためと寸暇を惜しんで一心に子どもに尽くしてきました。
子どもはそのような愛情を感じながら大きくなっていきます。

子どもが徐々に大きくなって、自分の胸元から少しずつ離れていくのを感じながら、
子どもの成長を見届ける寂しさと喜びのなかで、親も親としての成長を遂げていきます。
これはあくまでも理想的な形です。


現実には子どもから離れられない親と、
親から離れられない子どもがたくさんおります。


男の子が中学生になっても、子どもから離れられない母親がおりました。
中学校で子どもは不登校になりました。
学校には行けなかったのですが、彼の居場所ではとても元気です。

親は子どもと常に一緒にいないと不安になってしまうのでしょうか、
仕事場から休憩時間になると子どもの様子を問い合わせてきました。

子どもははじめは軽く笑顔で応じていましたが、
しだいに親からの電話に苛立ち、時には声を荒げることがありました。
普段はとてもやさしい子なのです

親子と楽しく雑談していても、家庭内の子どもの話になると、
子どもは恥ずかしそうに顔をしかめます。
母親はその表情にはまったく気づきません。

母親の頭の中は、きっとまだ小学生頃のかわいいままなのでしょうか。

その子はもう声変わりをして、鼻の下はちょぼひげが出ています。

男の子の思春期真っ盛りです

それにもかかわらず、ときどき幼児に語りかけるような話し方をしています。

この子は中3になり、家庭を離れて学べる高校を選択しました。

1年後には子どもは自立して自分の考えを主張できるまでに成長しました。

子どもと離れて初めて母親もきちんと子どもに向き合えるようになりました。
親子が離れてお互いよかった事例です。

つかず離れずの親子の間合いは、本当に難しいですね。


















学校週5日制が始まったころ





    みんなで子どものことを考えた



平成が終わり、新しい元号を迎える時代にさしかかりました。
平成30年はすぎてみればあっという間でした。

私が大半を生きた昭和には、「明治は遠くなりにけり」こんな言葉がありました。
今は「昭和は遠くなりにけり」となりそうな気配です。

平成になり日本人の働きすぎが話題になりました。
世界の流れに追いつこうとする世の中の週休2日制は急速に進行しました。
学校もその流れにしようとする動きが出てきました。


山形の教師たちは、週休2日の流れに戸惑っていたような気がします。
学校はそれまで<半ドン>といって土曜日は午前で授業が終わりました。
土曜日の午後は、子どもにとっても教師にとってもゆとりの日でした。

時間外ですが、校内では教師と子どもたちの活動が十分にできました。
今考えればまちがいなく加重労働(超過勤務)になります。


1992年(平成4年)から月1回の週休2日になりました。
現在32歳の人たちがこの年の小学校1年生です。


当時の学校で月1回の土曜日休みに子どもたちをどうするか、
大きな議論をしたことを覚えています。


 ◇学校の体育館を開放しよう。

 ◇図書館を開放しよう。

 ◇グランドも使わせよう。



学校開放委員会を作って、PTA地や地域に協力してもらいました。
PTAや地域の皆さんとどうすることが子どものためになるか議論しました。

必ず出る意見。

「子どもに事故があったら、だれが責任を負うのですか。」

ここから先に進む学校と、ここで終わってしまう学校があるのは、
今も変わりません。


その後、平成7年に月2回になり、
平成14年に完全週休2日制、学校5日制になりました。
現在22歳の人は、小学校入学時から学校5日制の環境で生活しています。


子どもや学校の要望で学校5日制になったわけではありませんでした。
この学校5日を導入するにあたり、真剣に子どもたちの生活を考えた、
学校はじめ、PTAや地域の皆さんの時代の空気が思い起こされます。


時代の流れと子どもの生活のあり方は、
いつの時代も大人が考えていかなければなりませんね。












山形不登校指南<43>

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   不登校の君を知る~3~



子どもの変化は、成長のチャンスです。


友だちとのようすを見てみましょう。

 □友だちがいない。<不登校に割合多い>

 □友だちを選ぶ。<この人はいい、この人はいや:女子に顕著>

 □特定の子と連絡している。<メールがさらなる問題を引き起こす危険あり>

 □友だちが家に遊びに来る。<親は二通りあり:肯定的・否定的>

 □友だちの家や家の外で友だちと遊べる。<けっこう健全>

 □友だちとトラブルがある。<誰にも言えない悩みあり
    
    *どうしたらいいかわからない
    
    *解決したいと思っている

不登校の中には友だちと遊ぶとそのあと家で暴れる子がいる。


 人とのかかわり方全般を見てみましょう。(過去もふくめて見ていきます。)

  ◇人とのかかわりを避けている。

  ◇特定の人としかかかわれない。

  ◇人から話しかけられると固まる、涙が出る。

  ◇自分のことをきちんと話せない。

 
 ◇聞かれていることと、応えている内容が異なる。


子どもの変化はいろんな場面で現れます。
その変化は偶然でしょうか。
何か働きかけがあって変化が見られれば、それは必然性があります。

変化は必ずしも前進することばかりではありません。
人間ですから後退もあります。

前進と見えるならさらに進めていきましょう。
後退ならそこでストップさせる手立てを考えていきます。


友だちとのかかわりで、友だちがいないからといって、
ダメ人間では決してありません。それも個性の一つです。
時代がそこまで来ています。


近年、学校ではコミュニケーション能力養成に力を入れています。
しかし、個人による能力差はありますので、その能力が弱いからといって、
排除する圧力には断固拒否しなければなりません。


人とのかかわりには、成長を感じることがたくさん見られます。
子どもの変化を注意深く見るようにして、
いい変化が見られたら、たくさんほめてあげたいですね。

子どもの変化は成長のチャンスです。
子どもを認めることにつながります。

子どもは親から認められることが、一番うれしいのです。
子どもにやる気が満ちあふれてきます。





















山形不登校指南<42>

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     不登校の君を知る~2~



子どもの変化は、成長のチャンスです。

生活の一コマ一コマにも変化を知る小さなてがかりがあります。


本人の生活を見てみましょう。 

 ・生活は安定している。(規則正しい生活をしている)

 ・自分のものを整理できない。(整理する場所が決まっているか)

 ・自分のものを管理できない。(自分の持ち物に関心がない)

 ・生活リズムが不規則である

えっ、近頃ちょっと変わってきたかなと思うようなことがあればあるほど、
これから先、発見が楽しみです。


親として最も心配になる勉強を見てみましょう。

 ・勉強はよくわかる。(テストはいつも70点以上)

 ・勉強がよくわからない。(学年が進めば進むほどわからなくなっている)

 ・勉強はほとんどしない、やる気がない。

 ・塾に行っている。(よろこんで、いやいやながら)

 ・家庭教師がいる。(よろこんで、いやいやながら)


勉強では学校に行っていないので習っていないことが多くなります。
習っていないのですから、わからなくなって当たり前です。

元気になってやる気が出たら、いつからでも十分に取り返すことができます。
勉強はどのような状態からでも再スタートは切れるのです。
実例がたくさんあります。


不登校になったからといって、
子どもが持っている能力がなくなるわけではありません
ここはきちんと理解をしてほしいと思います。




















山形不登校指南<41>





    不登校の君を知る~1~


親は不登校の子どもをどう見ているのでしょうか。
親へのアドバイスでは、よく子どもをしっかり見てくださいといいます。

教師なら子どもの観察は日常的な仕事です。
親は生まれた時からのつきあいですのでいまさらなにとなります。
親は教師でありませんので、いろんなことが見えなくて当たり前です。


たとえば本人の現状を見てみましょう。 

  ◇情緒は安定している。

  ◇情緒は不安定である。(反抗的、拒否的、動揺、暴行)

  ◇昼夜逆転の生活の状態。

  ◇強いストレスを感じている

   
  ◇外出の様子をくわしく見てみると、

      〇車で出かけられない。

    〇車で出かけることができるが、車から降りられない。

    〇家族みんなでレストランで食事ができない。

    〇自分で好きなものを買い物できない。
 

不登校になると、できないできないの否定的な側面ばかり目につきます。
実は、ここに子どもを見ていくポイントがあります。


「できないことが、できるようになった。」
この変化こそが、子どもの新たな成長の芽なのです。

変化の兆しは、子どもが変わるチャンスです



   















  

山形不登校指南<40>

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    公的相談機関の上手な活用



不登校になると学校とのかかわりは密になります。

子どものこれからを考えると迷うことばかりです。
学校以外の相談場所が気になります。   

各自治体には、教育委員会直属の教育支援センター(旧名適応指導教室)
があります。これは不登校生徒が学習したり生活したりする施設です。
不登校であれば、だれでも、いつでも利用できます。無料です。

この施設は、かつては学校に復帰することを目的とした指導が強くなされて
いました。しかし、その役割が変わってきました。

不登校に対する現実的な対応として、
学校復帰のための施設から、子どもの居場所へと考え方が変わってきています。

山形県内には、この流れをよく理解していない職員がいる施設があるようです。

支援センターによくなじんだ子どもたちに、

「もう学校に行けるんではないですか。」

「いつまでここにいるつもりですか。」

と子どもを追い詰めたりする雰囲気が残っているところがあるそうです。
そのために子どもにとって安心できる居場所でなくなり、
利用できないという声があります。

教育支援センターは、不登校の子どもたちの居場所の一つです。

子どもの居場所として利用することを明言して、
活用してはどうでしょうか。


県内には学校と同じ週5日運営をしていないところがあります。
ぜひ、不登校の子の学習や生活改善のために、
どの地域でも、週5日通える施設にしてほしいと思います。











山形不登校指南<39>

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   心にぽっかり穴の空いた子



子どもに長く付き合っているといろんなことが見えてきます。

心にぽっかり空白を作ってしまった子どもたちがいます。
心の空白はどのようにして生じたのでしょうか。


  家庭不和がありました。(もういいあいはやめてほしい)

  親の離婚がありました。(どちらも私は好きです)

  祖父母との別居がありました。(小さい時から大好きです)

  親の単身赴任がありました。(いろんなことを話したい)

  親の多忙による放任がありました。(目を向けてほしい)

  そのほかにも親子の断絶、身内・友人・ペットの死別などがありました。


これらのことは、さびしさ、悲しさの感情が子どもの心を覆います。

心の空白が大きくなると身がすくみます。
このことが続くと、無気力になり意欲がなくなります。

家庭問題では、子どもたちは自分がいなければよかった、
こんなことにならなかったのではないかと悩むことがあります。

子どもたちは知らず知らずのうちに、

不安感や喪失感、欲求不満を抱え込んでいます。


子どもとの関係の細い糸を切らさないで、手元にたぐり寄せながら、

子どもたちを理解してほしいと願っています。












プロフィール

寺子屋太郎

Author:寺子屋太郎
山形県在住
教員退職後、不登校の相談活動のほか講演活動などをしています。
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